経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ナレッジを起点にした生産性の高い組織づくり〜業務の再現性がもたらす組織の変化―吉田和史

吉田和史・any代表取締役/CKO

【連載】ナレッジ経営の本質(第3回)

any株式会社の提供する「Qast」は延べ4,500社に導入されているナレッジ経営クラウドです。代表の吉田自身が、会社員時代にナレッジ共有不足で、時間のロスを経験したことから始まったサービスで、シンプルなUIと充実のサポート体制から、現在利用社数も4,500社を超えるなど、非常に成長しているスタートアップです。

コロナ禍において、企業のテレワークの増加や、人材流動性の高まりもあり、企業は属人化した情報をいかに社内にストックし経営資源として活かしていくのかが、企業経営の課題と考えられつつあります。

そこで企業の管理職以上の方向けに「ナレッジ活用」を軸にした、組織作りについての寄稿を、CKO(Chief Knowledge Officer)として活動する代表吉田が担当する企画です。

吉田和史・any代表取締役/CKOプロフィール

吉田和史・any代表取締役/CKO
国内最大級のアドネットワーク「i-mobile」を提供する株式会社アイモバイルでの法人営業、ゲームアプリ開発会社のグッディア株式会社でのアプリディレクターを経て、2016年にany株式会社を創業。2018年7月にナレッジ共有ツール「Qast」の運営を開始し、ベンチャー企業から大企業まで年間200社以上の情報共有課題のヒアリングとナレッジ経営のコンサルティングを行う。2021年6月には自社内でナレッジ経営の浸透を加速させるためCKO(Chief Knowledge Officer)に就任。2021年10月時点で「Qast」の導入社数は4,000社を突破。

車輪の再発明で発生する企業の機会損出

既に確立されている技術や解決方法を知らずに、再び一から作り直すことを「車輪の再発明」と言います。

企業内の業務においても、細部を見渡せば車輪の再発明は至るところに発生しているのではないでしょうか。

これは意識的に取り組みを行わなければ、当然と言えば当然の事象です。

例えばある部署で新しいプロジェクトを立ち上げる際に、Aさんがチームを巻き込むための虎の巻を作成するとします。Aさんは過去に別部署で近しいプロジェクトが組成されていたことを知らず、ゼロから虎の巻を作成しますが、実際には既に虎の巻のベースとなるようなドキュメントが残っていたことを後で知る、といった事象です。

Aさん本人としては、企業内のプロジェクト全てを把握することは困難で、過去のドキュメントが部署を跨いでオープンに残される習慣がなければ、このような車輪の再発明が発生してしまいます。

この例で言うと、Aさんにとって「それなら先に知りたかった」と思う個人的な感情も発生しますが、何より企業にとっての機会損出となり得ます。

業務の特性上共通点が多いにも関わらず、毎回0→10の工程を行うのと、0→3を共通化し、4→10にフォーカスして業務を行うのでは、どちらが生産性が高いかは、誰の目にも明らかです。

企業内の業務には、同じ事業を運営している以上、共通化できる点が多いはずです。個人の目には、自分が過去に取り組んだ業務でしか再現性を生み出すことはできませんが、企業の目として見ると、人が入れ替わっても再現性をもたせることは可能です。

インプットを減らし、アウトプットを最大化するナレッジ経営

「生産性向上」とは、業務に割くリソース(労働投入量)を下げて、労働による成果(売上や効果)を最大化することです。

つまり業務量としてのインプットを下げて、成果としてのアウトプットを最大化させることを生産性向上と言います。

吉田和史・any代表取締役

昨今では、生産性向上を目的とした様々なカテゴリのITツールが誕生しました。

例えば、これまでサポートデスクの人が回答していたことを「チャットボット」が代替することで業務に割く時間を削減したり、「電子契約ツール」によって紙の契約書を印刷、押印、製本、そして送付していた時間を削減したりすることができるようになりました。上記に挙げた例は、業務量としてのインプットを下げる例です。

さらにWebサイトのボタンや文言を最適化することでコンバージョンレートを高めるマーケティングツールや、顧客情報の管理によって社内のネットワークを活用して売上を最大化するCRMは、アウトプットを最大化するためのITツールです。

いずれも生産性を向上するための手段ですが、インプットを下げると同時に、アウトプットを最大化できる手段があります。それがナレッジ経営です。

ナレッジ経営とは、個人が持つ知識やノウハウを組織のナレッジとして一箇所に蓄積し、企業全体の生産性を高める経営手法です。

ナレッジを経営資源として捉えることで、これまでの非効率な時間を削減するだけでなく、ハイパフォーマーのノウハウが共有され、属人性を解消することで、組織全体のアウトプットの底上げにつながります。

業務の再現性がもたらす組織の変化

世の中にモノやサービスが溢れる昨今において、作れば売れる時代はとうに過ぎ、企業にとっての優位性となるのはヒトやヒトがもたらすアイデアや※ナレッジとなりました。(※単なる知識ではなく、知識+個人の経験や価値観が紐付いたもの)

ナレッジ経営が実践されている企業は、業務に再現性が生まれます。

それも、個人としての再現性だけでなく、組織横断的な再現性があれば、企業全体の生産性は間違いなく高まります。A部署で発生した業務とその業務に対する思考が、B部署にも行き渡り、車輪の再発明を防ぎます。

さらに、企業が何十年何百年と続いていく中で、働く人は入れ替わりますが、ナレッジは次第に蓄積され、時代を越えて再現性が生まれるでしょう。

アップデートが必要となる情報はあれど、ナレッジのコア部分は受け継ぐことが可能です。

ではナレッジを共有し、業務に再現性が生まれると、どんな変化が起きるのか、個人>チーム>組織の軸で考えていきましょう。

吉田和史・any代表取締役

ナレッジを組織内に共有することを意識することによって、まず個人の中で生まれる変化は「キャッチアップの質の向上」です。

何かを残そう、書こうとするからには、常にチームにとって役立つ情報はないか、この業務のどの部分を汎用化できそうかと、前のめりにキャッチアップする姿勢が求められます。

個人が変わるとチームも変わります。キャッチアップの質が向上すれば、マネジメント層にとっては新人の教育が容易になり、より早く独り立ちができるようになります。さらに、良質なナレッジがチーム内で共有されると、他の人にも伝染し、ナレッジを共有する習慣が形成されます。

一つのチーム(部署)内でナレッジ共有の習慣が形成されると、隣の部署、関連する部署にも波及し、組織全体の文化となります。

ナレッジ共有の文化が組織全体に浸透すれば、ナレッジを享受する側のアウトプットの質が高まることはもちろん、個々人が独立して業務を行う集団ではなく、1+1が3にも4にもなる組織へと変革するでしょう。

ナレッジ経営の真の価値

労働人口の減少と働き方改革によって、企業にとって生産性向上は至上命題となりました。そのためにあらゆる部署が創設され、あらゆるツールが誕生し、実際に活用されています。この流れは今後も加速の一途を辿るでしょう。

視点を変えると、今は企業の中で働くだけが選択肢ではない世の中になりつつあります。個のスキルを活かして独立したり、副業として企業の外で働く人が増えているのは周知の事実です。

様々な選択肢の中で、企業の中で働く意味は何なのか。企業それぞれに意義は存在することを前提に、敢えて一括りにすると「その企業でしか得られない体験に出会えるか、人に出会えるか」ではないでしょうか。

その企業でしか得られない体験、その企業でしか出会えない人、これらの起点となるのがナレッジです。「企業の先駆者が築いてきた資産を存分に活用し、自らのインプットをまた後世に引き継ぐ、それにより組織に貢献している実感を得られる」この好循環が企業で働く意味の答えとなるはずです。

ナレッジ経営をうまく機能させるために必要となるのは

・互いを受け入れる受容性

・違いを否定しない多様性

・人に与える利他的精神

です。

これらはいずれもこれからの時代の組織に求められる要素であり、行き過ぎた資本主義の中で大切なものではないでしょうか。