【連載】ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの枠組みはこう変わる(全4回) - 中空麻奈
世界のエネルギー政策の大きな契機となっているロシアのウクライナ侵攻。本連載では全4回で世界のエネルギーの枠組みとこれからについて考えていく。前回(「ロシアのウクライナ侵攻がエネルギー市場に及ぼす影響」)は、エネルギー市場への影響について見てきた。第2回は、EUタクソノミーにおける原子力、天然ガスの取り扱いの変化とその影響に着目する。(文=中空麻奈)
中空麻奈氏のプロフィール
TCFDとESG投資は社会の両輪と捉えることが重要
今回はいくつかの言葉の紹介から入りたい。TCFDやESG投資という言葉を聞いたことがあろう、と思う。TCFDとは気候関連財務情報開示タスクフォースのことを指す。気候変動に関する情報やリスク管理等、事業会社の開示指針と言えるものである。また、ESG投資とはE(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)の観点から社会問題を解決するような投資をしていくという手法である。
これらはそれぞれ事業会社と投資家および金融機関にかかる気候変動および社会問題の解決を後押しする制度ではあるが、これを社会の両輪として捉えることが肝要だ。ビジネスを実施する事業会社は気候変動に注意しどう対応しているのかを明らかにし、投資家や金融機関がそれを見てどう資金を回していくのか。マネーの流れを通じ、気候変動を後押ししていく仕組みとも言える。そこに通底するのが、EUにおけるEUタクソノミーなるものである。このEUタクソノミーから見ていく。
EUタクソノミーとはEU圏の気候変動対策の屋台骨
EUタクソノミーは、日経新聞によると「EUが定めた環境に配慮した経済活動かを認定する基準。タクソノミーは分類を表す英語で、パリ協定とSDGs(持続可能な開発目標)を達成するため、環境的に持続可能な投資を促す狙いがある。企業や投資家にタクソノミーに適合する事業や投資割合の開示を求め、グリーンな事業に向かいやすくする」ものである。
セクターに応じて「気候変動の緩和」や「気候変動への対応」、「水と海洋資源の持続可能な利用と保全」といった6つについて環境目標を掲げるものである。これがあることによって、ただ気候変動対策をしなさい、と言うことと比較してより具体的な目標を持つことができる。それ故、EUタクソノミーは、欧州における気候変動対策の屋台骨となる中心的発想と言っても言い過ぎではない。
EUタクソノミーで天然ガス、原子力発電を対象に採択
さて、2022年2月2日。欧州委員会がこのEUタクソノミー規則において、持続可能な経済活動として許容される技術的基準を規定する委任規則(規則は22年1月1日から適用開始)に、天然ガス、原子力を含める方向にあることが発表され、採択された。天然ガス、原子力が気候変動対策に沿うものなのかについては諮問機関やNGOなど多くの否定的見解があるため、このこと自体サプライズであったと言える。
ただし、まだ正式な決定とはなっていない。この計画はEU加盟諸国の批准を必要とする。2月の採択から4カ月間は意見募集期間、その後最大2カ月間は延長可能となっており、完全にタクソノミーの対象となるかは不明な点が残る。しかしながら、法制化の阻止のためには加盟国の65%が委任法に反対票を投じる必要があるなど否決するのもハードルが高い。そのため、近い将来に正式に採択されるのではないかと期待されている。よって、委任法がそのまま、あるいは若干修正した形で成立する可能性は大きいと思われる。
原発の要件としては次のとおり。新たなプラントは次の条件を伴うこととする。
・2045年末までに建設許可を取得する
・廃棄物の適切な処理計画を策定する
一方、天然ガス火力発電所の要件としては次のとおり。新たなプラントは次の条件を伴うこととする。
・2030年末までに建設許可を取得する
・全ライフサイクルの平均で見たCO2排出量が発電量1キロワット時(kWh)当たり270グラム未満
・より排出量の多い現在稼働中のプラントの入れ替え
・2035年末までに再生可能エネルギー・プラントか、低炭素発電所に移行する計画を策定する
天然ガス火力発電所に対し、35年末までに再生可能エネルギー・プラントか、低炭素発電所に移行する計画の策定を義務付けるという条件は賛否が分かれそうである。なぜなら、コンバインドサイクル発電CCGTプラントは平均寿命が25~30年。その建設には2~6年程度かかるため、いかなる新規発電所も稼働時期は早くとも20年代末頃になってしまう、ことになる。そうなると、その発電所が稼働できる期間は5~6年程度となってしまい、新設したにもかかわらず、寿命の5分の1以下しか運転できないことになるためだ。問題解決のためとはいえ、極めて不経済ということになれば、この種のプラントへの新規建設投資は正当化できないことを意味しよう。
それこそ、プラントが二酸化炭素貯留CCS技術で改修され、太陽光・ガス複合プラントに転換されることで、1kWh当たりの全体的な排出規模が抑制される場合などは建設が可能だが、効果が限定されてしまう上、中途半端な結果になりかねないリスクは残ってしまうことに注意が必要である。
天然ガスや原子力を含められなかったEU各国の事情
EUタクソノミーに天然ガスや原子力を含めるかどうかについては、長い議論や期限の延期を繰り返すなど対立もあり、合意形成が極めて難しかった。なぜなら、EU加盟国は発電の移行プロセスがそれぞれで異なる段階、異なるエネルギーミックスを有しており、それぞれのお国事情が反映したポジショントークとなるため、である。
発電の大半を再生可能エネルギー源に切り替え済みの国々はタクソノミーに原子力や天然ガスなどの移行燃料を受け入れたくないと考えるのは当然で、天然ガスや原子力に大々的に投資していたり、石炭火力発電に大きく依存する国であれば、そちらを推進して当たり前、なのである。
ちなみに再生可能エネルギーに切り替え済みの国としてはリトアニア、オーストリア、デンマークがある。それぞれの国のエネルギーミックス中、再生可能エネルギーの割合が19年現在それぞれ81%、80%、78%である。一方、エネルギー全体に占める天然ガスと原子力の組み合わせによる発電が多いのは、フランス、ベルギー、ハンガリーなどで、それぞれ77%、77%、73%となっている。その他、石炭依存度が高い国としてポーランドがあり、77%を石炭に依存した状況にある。
これだけの違いがあれば、EUタクソノミーに天然ガス、原子力を含めるのに抵抗感のある国が多いのも自明であろう。
天然ガスや原子力が含まれると新たな投資機会が生じる
しかし、EUタクソノミーに原子力や天然ガスが含まれるとなれば、当面それらに対する支持姿勢が強まることは言うまでもない。例えば、天然ガスや原子力プロジェクトへの投資を後押しすることになろうし、こうした動きから投資家間で電力セクターへの投資意欲につながる可能性があるためだ。
サステナビリティリンクボンドやトランジションボンドといった新しい形で、資金調達のための発行が可能になれば、電力セクターなど、どちらかといえば気候変動、グリーンプロジェクトには当てはまり難かったセクターを中心に盛り上がることが想定されよう。それによって、SFDR(持続可能性に対する情報開示を求める規則)における「サステナブルな投資目的を持つ商品」第9条ファンドが拡大する可能性もある。
いずれにせよ、EUタクソノミーに天然ガスや原子力が含まれれば、ESGの観点で嫌気されてきたセクターの買い戻し、株式の選別やクレジット投資の妙味が出る材料になる可能性は大きく、注目に値しよう。