2021年12月に電気自動車(EV)分野の強化を打ち出したトヨタ自動車だが、その本気度はまだ、見えてこない。トヨタが出遅れたまま、世界でEVが主流になっていけば、日本の自動車産業にとっても重大な問題となりかねない。今後は政府との連携も重要になっていく。文=ジャーナリスト 立町次男(雑誌『経済界』2023年1月号より)
鳴り物入りのEVでリコールの大誤算
「メディアが言っているほど、EVがすぐに主流になることはないだろう」。豊田章男社長は2022年9月末、全米の販売会社の代表者らにこう主張したという。この発言は、製品ラインアップの主力として従来のガソリン車を維持する考えだと受け止められた。
また、EV事業で戦略の修正を検討しているという報道も出た。EV専用車台の開発を見直すほか、既に発表している高級車「クラウン」のEV版も取りやめたという内容。11月1日の決算会見でトヨタは「基本ラインは変わっていない」(長田准執行役員)と報道を否定した一方、豊田社長は出席せず、EV戦略に関する具体策への言及はなかった。
想起されるのは21年12月、展示された16車種のEVコンセプトモデルの前で豊田社長が行った会見だ。30年までにEV30車種を投入し、同年の世界販売台数を350万台とする計画を発表。それまではEVとFCV(燃料電池車)と合わせて200万台という計画を掲げていたが、大幅に引き上げた。また、高級車ブランド「レクサス」は、30年までに欧州、北米、中国で、35年には世界で全車種をEVにすると説明。豊田社長は、「今までのEVには興味がなかったが、これからのEVには興味がある」と強調し、EVに消極的だった姿勢を転換したかに見えた。
この時、同時に発表されたのが、30年までに車載電池向けに2兆円を投資する計画。従来計画から5千億円増やした。車両開発を含めると、EVに4兆円を投資するとしていた。
そして22年8月末には、日米で電池の増産に最大7300億円を投資すると発表。合計で40ギガワット時分の生産能力を積み増すとした。国内ではパナソニックホールディングスとの共同出資会社であるプライムプラネットエナジー&ソリューションズの姫路工場などに投資。米国では新設するノースカロライナ州の電池工場に2つの生産ラインを追加するという。
トヨタ初の量産EV「bZ4X(ビーズィーフォーエックス)」は5月、国内ではグループ会社のKINTOを通じてサブスクリプションサービスで受注を始めた。しかし翌6月、急旋回などを行うとタイヤのボルトが緩み、脱落する恐れがあるとして生産を中止し、国土交通省にリコールを届け出る事態に。KINTOは予定していた東京など大都市での試乗イベントも中止。受注再開は10月で、不具合の判明から原因究明や改善策の公表まで3カ月以上の時間を要した。前田昌彦副社長はオンライン説明会で、安全安心に関わる機能だから万全の対応を取ったためだと強調。「EVだからではない」と述べたが、鳴り物入りで登場したトヨタのEVは、多難なスタートを印象づけた。
一方で、トヨタのEVに関する新しい施策はほとんど出てこなくなった。豊田社長はトヨタの電動車戦略について「全方位」と説明してきた。EVだけでなくFCV、ハイブリッド車(HV)などのラインアップを揃え、消費者に選んでもらうという姿勢だ。昨年12月の会見でも豊田社長は、「国ごとにエネルギー事情は異なる。武器はフルラインアップだ」と、全方位戦略を続ける姿勢を示していた。全方位の中で増やす方針だったはずのEV事業の比重が再び、元に戻ったかのように見える。
合理性のある「EV=環境車でない」
トヨタの消極姿勢の要因として最初に考えられるのが、トヨタが毎年、約1千万台も製造・販売してきたガソリン車やHVなど既存車種へのこだわりだ。豊田社長がドライバーとして自ら水素エンジン車をアピールするなど、内燃機関への愛着は強い。特にHVは1997年に投入した「プリウス」で新市場を切り開いたという自負もある。トヨタが過去の成功体験を捨てることは容易でない。
HVに限らず、トヨタは消費者の求める車を高機能な割に低価格で提供し、世界で販売を拡大してきた。その手法でみると、まだまだ消費者のEVへのニーズは低いと判断しているとみられる。例えば国内の今年度上期(4~9月)のブランド別販売状況をみると、EVでランクインしているのは5631台の日産自動車のリーフ(39位)だけ。1位のヤリス(トヨタ)はその約15倍に当たる8万4251台と、差は大きい。
また、エンジン車で3万点とされる部品点数がEVでは2万点に減るとされ、EVシフトにより「ケイレツ」としてトヨタを支えてきた多くの部品メーカーが、収益減で苦境に陥りかねないという事情も背景にあるとみられる。
実際、トヨタの立場になってみれば今、世界で進んでいるEVシフトを理不尽に感じるかもしれない。燃費性能の高いHVを拡販したことが、独フォルクスワーゲンのディーゼルエンジンの不正につながったとの指摘もある。「ディーゼルがダメならEVだ」とばかりに、EUは10月、35年にHVを含むガソリン車の新車販売を禁止する方針を決定。中国は、自国の自動車産業強化のために戦略的にEV普及を進めてきた。トヨタにとっては、スポーツの試合の途中でルールを変更されるようなものだ。一方、EVの電池生産には多くの二酸化炭素排出が伴うほか、火力発電所でつくられた電気でEVを走らせても本当の脱炭素にはつながらず、EV=環境車の本命という主張を鵜呑みにできないのはもっともだ。
しかし、米国でも既に、カリフォルニア州などでEV普及への政策が打ち出されている。バイデン政権はトランプ前大統領が離脱したパリ協定に復帰し、「グリーン・ニューディール」を掲げる。日本も20年12月に菅義偉首相(当時)が50年に実質的な二酸化炭素排出量をゼロとするカーボン・ニュートラルを達成する方針を打ち出した。
販売台数でみるとトヨタの10分の1にすぎないEV専業メーカーの米テスラが、時価総額でトヨタを上回って推移しているのは、株式市場がEVの将来性を高く見ているからだ。脱炭素の流れに逆らうと見られれば、企業イメージにも負の影響を与えかねない。環境団体のグリーンピースは22年9月、世界の自動車大手10社の気候変動対策について、トヨタを最下位と評価した。
岸田首相との会談で政府の支援を確認
豊田社長は11月2日、経団連の十倉雅和会長、いすゞ自動車の片山正則社長、ヤマハ発動機の日高祥博社長らとともに岸田文雄首相と会談。西村康稔経済産業相や斉藤鉄夫国土交通相ら関係閣僚も同席した。
会談では岸田首相が「自動車を核としてさまざまな社会課題を解決し、経済成長につなげていく」と強調。「わが国の経済と雇用を守り抜くために官民が連携し、さらなる成長にチャレンジしていく必要がある」と話した。賃上げに関して首相は、「引き続き協力をお願いする」と述べた一方、豊田社長は自動車関連税制をめぐり、ユーザーの負担軽減を訴えた。そして首相は、脱炭素など自動車業界が抱える問題を直接聞き取り、協力する考えを伝えた。
日本の自動車産業の年間出荷額は約60兆円で、関連業界を含めた就業者は約550万人に上る。業界のリーダーであるトヨタの賃上げの動向は国内の景気動向にとっても重要だ。一方、世界の市場で規制が強化される中、トヨタも政府との連携の必要性がこれまで以上に増している。
政府は11月5日、米国のEV購入支援策が、日本の自動車メーカーにとって不利な内容になっているとして、米国政府に要件緩和を求める意見書を提出したと発表した。この支援策は、EVなどのエコカー購入に最大7500ドル(約110万円)の税控除を受けられるというものだ。ただ、現状では北米での最終組み立てなどが要件。対象となるEVはごく一部に限られており、幅広い車種が対象となるように求めた。
トヨタが11月1日に発表した22年9月中間連結決算(国際会計基準)は、純利益が前年同期比23%減の1兆1710億円と2年ぶりの減益となった。円安が輸出採算を改善した一方で、エネルギーや素材の価格、人件費などが上昇。世界的な半導体不足などの影響で、23年3月期の生産計画をこれまでより50万台引き下げ、920万台とした。記者会見で近健太副社長は、「半年先を見据えるのが難しい」と述べた。
トヨタを含む自動車メーカーは、こうした喫緊の課題を解決し、熾烈な販売競争を戦う一方で、EVなどの電動化や自動運転など次世代技術の開発にも目配りしなければならない。その中には当然、EV市場拡大のスピードを予測し、それに合わせて新商品を投入し、拡販を図っていくことも含まれている。トヨタといえども、このプロセスを誤れば世界の主力メーカーから脱落する可能性もあり、豊田社長ら経営陣には難しい舵取りが迫られている。