経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

沖縄、北海道の土地を中国人が取得。問われる日本の「国境」「領土」観

民主主義国と権威主義国の分断が進む中、日本は中国とどう向き合うかが問われている。しかし、大中華主義を掲げる中国に対する日本の対応は心許ない。何より日本は国境を守る意識があまりに低い。それを象徴する出来事が沖縄で起きている。文=ジャーナリスト/松山徳之(雑誌『経済界』2023年8月号より)

日清戦争敗北までは「国境」のなかった中国

 ロシアのウクライナ侵攻から1年3カ月。世界中で領土紛争が拡大する中、いま最も中国を警戒し、対決姿勢に出ているのが米国である。それに対し日本は、無警戒と言っていい。1972年の日中国交正常化から27年後、東シナ海の日中境界線上で白樺ガス田の本格操業を始めた中国を見て見ぬふりしてきたばかりか、尖閣諸島を虎視眈々と狙う中国軍と対峙する沖縄の基地からほんの25キロしか離れていない無人島を中国人が購入した2年後、SNSで「中国の領土が広がった」と自慢するまで気が付かなかったほどだ。

 日中が対峙する戦域の無人島を買う中国人のしたたかさには圧倒されるが、それを平気で見過ごすのんきな日本人の「国境」観にはあきれるしかない。

 改めて、国境について考えてみる。

 もともと中国には国境という言葉が存在していなかった。そう伝えたら、ほとんどの日本人が「そんなバカなことがあるか。漢字は中国から伝来した」と、思うに違いない。

 少なくとも中国が日清戦争に敗れるまでは、その言葉はなかった。

 夷狄と上から目線で侮蔑していた日本に敗北したことで清朝は近代化に遅れたことに気が付いた。そこで、先進国に学べと2万人に近い青年を日本に留学させ、近代の政治、経済、産業、社会、文化などを学ばせた。 国境という言葉は中国留学生が日本の近代文化を学ぶ中で、中国に持ち帰った数百以上の言葉(政治、経済、経営、株式会社、会計、科学、電気、選挙、共産党、民主など)の一つなのである。

 中国は約8万字もの漢字を発明した漢字大国である。なぜ、国境という言葉が生まれなかったのだろう。

 中国4千年の歴史を一言で表したら、それは王朝の興亡である。平松茂雄氏の『中国はいかに国境を書き換えてきたか』(草思社文庫)は、王朝の盛衰で必ず起こったのが国境を意味する「辺彊」と呼ばれた緩衝地帯の変動だったと説く。つまり、国家の興亡によって、緩衝地帯(辺彊)の国が独立したり、他の国に組み込まれたり、それを取り戻したりと、領土の拡大と縮小を繰り返してきたのが4千年の歴史だ。

 国境の言葉こそないが、中国には「本来の領土を取り戻す」という意味の「領土完整」という言葉があると平松は説明する。これも日本人には理解が難しい。

 現在の中国の領土は約959万平方キロ、ロシア、カナダ、アメリカに次ぐ世界4位の広さで、日本のほぼ26倍と巨大だ。だが、漢民族が支配する領土はその3分の1ほどだといわれている。

 毛沢東は日本敗戦のどさくさに紛れて、本来の領土を取り戻すという中国的発想の領土完整の名のもとに、内モンゴル、新彊ウイグル、チベットを「自治区」と名を冠して併合したからだ。そればかりか、当時、辺彊であった朝鮮半島、樺太、台湾の併合をも狙った。

 つまり、現在の中国人は国際的に承認された領土・国境線に関係なく、中国史上で最も栄えた明王朝(1368~1644年)時代の、北は北極圏に近いロシア北方やヨーロッパの大半を支配した時代の勢力圏を中国の本当の領土と捉えているのだ。

本来の領土を取り戻す共産党の「領土完整」

 実際、習近平政権の誕生(2013年)にあたって習主席は「中華の夢」を繰り返し謳い、強い中国を取り戻すと訴え、それ以来、東シナ海と南シナ海で支配地域の拡大に勢力を注ぎ、尖閣諸島に付け入る隙あればと狙っているばかりか、陸ではベトナム、ラオス、カンボジア、マレーシアなど東南アジア、樺太で土地を買い、着々と領土完整を進めているのだ。

 中国共産党が領土に対して特別な方針で臨んでいることが理解できる場面が学校教育である。

 中国の中学と大学で学んだ任暁朝(28歳)さんは、「中学5年生(日本の高3に相当)の時に、明朝から清朝にさかのぼった地図を見せられ、領土について教育を受けた。ヨーロッパのハンガリーやポーランドは言うに及ばず、パリやマドリード、ロシアのハバロスク、樺太。もちろん尖閣に沖縄も中国領となっていた」と言う。

 そんな状況の中で今年2月、沖縄本島に近い無人島「屋那覇島(やなはじま)」で土地を購入した中国人女性が「沖縄の無人島を買った」と島の様子を撮影した動画を自慢げにSNSに投稿した。すると、それをきっかけに「中国の領土が広がった」「みんなでカンパして、戦略基地を築こう」「沖縄を取り戻すチャンスだ」と言った書き込みが続いたから、日本人は衝撃を受けた。

 これまでの報道によると、女性は山東省出身の30代。購入した土地は沖縄本島の嘉手納基地から約60キロ、在日米軍の補助飛行場のある伊江島まで25キロしか離れていない屋那覇島の70万平方キロを約3億円で購入したと見られている。

 女性の親族が都内で営む会社のホームページで「取得した無人島でリゾート開発計画を進めている」と紹介していたが、島には港がないばかりか、電気、ガス、水道など生活のためのインフラがない。どう転んでも、リゾート開発は不可能である。
しかも、昨年には「重要土地調査法」が施行されている。自衛隊や米軍基地、原子力発電所(重要インフラ施設から1キロの範囲)、さらに国境に近い離島は「注視区域」に指定され、購入に際しては国に、土地など所有者の氏名や国籍などの届を事前に提出することが義務付けられた。

 中国人女性の買った無人島は規制の対象外であるが、尖閣問題などもあり、沖縄の離島を「中国人が買った」となると、日本人の「魂」に触れる問題となることは分かり切っている。だから、たとえ中国人であっても普通はリゾート開発の考えは持たない。

 しかも、屋那覇島は無人島であるばかりか、村有地と民有地が混在していているうえ、地権者が900人以上もいて、売買をするにしろ、リゾート開発をするにしろ簡単ではない。それにもかかわらず、中国人はなぜ無人島を購入したのだろうか。

資産移転は不可能でも北海道、沖縄は例外

 都区内で中国人を主な客とする不動産会社に勤める李美麗さん(31歳)は、こう教えてくれる。

 「一言でいえば、無人島が『重要土地調査法』の対象外であることに目を付けた日中双方の『ヤマ師』が蜜に群がったということです」。

 思い出すのは、尖閣諸島が国有化される際の動きだ。10年9月、尖閣諸島領海で活動していた海上保安庁警備艇に体当たりした中国漁船を拿捕すると、日中間が騒然とした。

 当時、尖閣諸島の所有権を持っていた人物は、戦前に尖閣諸島で魚加工所を経営していたという埼玉県に住む老日本人だった。国防の観点から、当時の防衛族議員が国への売却を促しても巌として売らず、値を釣り上げたと言われた。

 中国による尖閣諸島への威圧に、都知事だった石原慎太郎氏が買収を宣言すると12年9月、当時の野田首相が巨額(推定20億5千万円)で買収し国有化を宣言した。東シナ海の孤島が大金に化けた。

 こうした過去の取引が、中国人の目を沖縄の不動産に向けさせる。しかしそれだけではない。

 この6月、上海で交流のあった中国の友人・劉海洋氏(72歳)にほぼ10年ぶりに会ったとたん、愚痴を聞かされた。

 「この10年で中国は大きく変わった。あの人(習近平)が怖くて、14億国民が党の言いなりです。文句を言う人はいない。おまけに、景気が最悪。閉塞感に満ちていて、富裕層は海外に逃げることばかり考えています」

 そのため中国人富裕層の多くが資産の海外移転を考えているが、そう簡単ではないという。現在の中国では、外貨管理法が厳格に運用されている。しかもITによって個人の資産が把握されているため、元を持ち出すのはほぼ不可能だ。これは不動産取得についても同様で、一時、中国人の日本不動産の爆買いが話題になったが、実際にはそれほど増えてはいない。「ところが」と劉氏は続ける。

 「一般の不動産を取得することは政府の目もあり簡単ではない。ただし、樺太、沖縄、北海道の土地を買うことは、領土完整の観点から咎められていません。だから、北海道と沖縄に目をつける中国人が増えています」

 だからこそ、屋那覇島のようなリゾート開発のできない不動産でも取得する中国人が出てくる。今後、この動きは加速する可能性がある。

 こうして領土完整は進んでいく。日本人の領土観、国家観が問われている。