日本のキャッシュレス決済比率は約40%。コロナ禍によりほぼ倍増した。そのため銀行などはATM削減を進めるが、逆にセブン銀行のATMは増え続ける。しかも利用件数も増えている。その理由を、日本銀行界唯一の高専出身社長である松橋正明氏に聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2024年1月号より)
松橋正明 セブン銀行社長のプロフィール
ATMの利用件数は1台当たり1日100件
―― 銀行が支店削減を続けた結果、ATMも減っている一方、セブン銀行のATMは増え続け、今では社会インフラとして不可欠になっています。しかしコロナ禍もあり、日本でも急速にキャッシュレス化が進んでいます。そうなるとATMそのものが不要になるのではないですか。
松橋 実はわれわれはキャッシュレスの推進に貢献しています。というのも、交通系ICカードや、ほとんどのQR決済はプリペイド式です。つまりお金をチャージして使っている。このチャージする時に全国に2万7千台あるセブン銀行のATMを使われる方がたくさんいらっしゃいます。最近では地域通貨を発行する自治体も増えていますが、これも当社のATMでスマホにチャージすることが可能です。
もちろん、従来の預金の出し入れや振り込みもできますから、キャッシュとキャッシュレスそれぞれでお役に立っている。そのため、今では1台1日当たりの取引は100件を超えています。
―― 若い人の中には、現金によるチャージではなく、銀行口座から直接チャージする完全キャッシュレスの人も増えています。この場合、ATMは使わない。こういう人が今後、増えていきます。
松橋 そういう人たちが増えることは間違いありません。ただ世界を見ていると北欧のように現金比率が10%以下になったところもありますが、アメリカなどでも3~4割は現金です。完全キャッシュレスの時代にはそう簡単にはなりませんから、当分、ATMは必要です。
それに、ATMはセキュリティの高いターミナルですから安心感があります。特にセブン銀行の場合、プライバシー空間が保てる構造になっています。ですから単にお金の出し入れだけではなく、これを使った新しいサービスを提供していきます。
―― 先日(9月12日)に発表した「+Connect」(プラスコネクト)ですね。
松橋 現在、置き換えを進めている第4世代のATMには高精度カメラや、本人確認書類やIC、QRコードなどの読み取り機能があります。これを使うことで、ATMで銀行の口座開設ができるほか、届け出情報の変更も可能です。しかもそれが24時間365日行える。すでに9月26日からサービスを開始しています。
―― 銀行にいかなくても預金口座をつくることができるということですが、どうやって本人だと特定するのでしょう。
松橋 カメラで撮影したお客さまの画像を、スキャナーで読み取った免許証などと照合することで本人確認を行います。同様の方法で住所変更も可能です。引っ越しで住所が変わっても銀行に届け出をしない人はたくさんいます。わざわざ銀行に行くのが面倒くさいからです。でもセブンイレブンに行ったついでにできるのであれば、多くの人が住所変更を行うのではないでしょうか。
―― ATMは「Automatic Tell
er Machine」の略で、直訳すれば「自動出納機」です。でももはや出納の枠を超えていますね。名称も変えた方がいいかもしれません。
松橋 名前を変えるとなんだか分からなくなってしまうので、今のところはATMでいいと思います。でも名前が変わらなくても、現金の出し入れの世界から情報の出し入れの世界へと変わっています。銀行口座の開設はほんの手始めで、今後、さまざまなサービスを追加していきます。来春にはキャッシュカードなしで入出金を開始する予定です。最初はキャッシュカードが必要ですが、その際に顔を登録すれば、次回以降、カメラによって顔認証を行うことで、入出金が可能になります。
これ以外にも、クレジットや生損保の申し込み、行政手続きやふるさと納税、ホテルのチェックインなどのサービスを考えています。マイナンバーカードの有効期限は5年です。これを延伸するのに役所ではなくセブン銀行のATMを利用する。そんなこともできるようになったらいいですね。
セブン銀行のパーパスは「お客さまの『あったらいいな』を超えて、日常の未来を生みだし続ける。」というものです。ATMを使ってこのパーパスを実現していきます。
「使いやすさ」は思想・哲学の違い
―― セブン銀行のATMの最大の特徴は、使い勝手のよさです。カードを入れるとすぐに取引が始まる。これがメガバンクのATMだと、時間外取引かどうかなどの確認が出て、暗証番号を押すまでにもひと手間ふた手間が必要です。この違いはどこからくるんですか。
松橋 これをやるのはけっこう大変です。カードの磁気やICチップを読み込んで、どこの金融機関のものか、キャッシュカードかクレジットカードなのかといった処理を同時並行的に進めていくわけですから。
例えば外国の方が母国のカードを入れれば、それに対応してすぐに外国語の画面に切り替わります。システム開発という面では、お客さまに国や金融機関の確認を取りながら進めるよりもはるかに難しい。それでもそうしたユーザーインターフェースにこだわるのは、思想の問題です。
セブン銀行がサービスを開始したのは2001年ですが、当時からすべてのお客さまが、自分の銀行のATMとして使っていただけることを目指したため、最初に「画面から〇〇銀行を選ぶ」という選択肢はありませんでした。クイックに選択ができてスムーズに利用できる。非常にシンプルな発想です。
―― 当時、松橋さんはNECのエンジニアとして、セブン銀行の依頼を受けてATMを開発する立場でした。他の銀行では考えられない要請に戸惑ったりしませんでしたか。
松橋 私はセブン銀行が立ち上がる1998年頃、セブン-イレブンさんがプロジェクトを企画している当時から一緒に活動してきました。本当にスタートするのか、まだ銀行免許が下りるのかも分からない段階でした。その過程を通じて、セブン銀行の思想を理解するとともに、むしろそうあるべきだと考えるようになりました。ただ開発に携わったエンジニアの中には、最初にカードを入れるというやり方に反発した人もいました。でもお客さま目線で使いやすくするにはどうあるべきかを考えれば、答えは決まっていました。NECの立場としては、単に仕事を依頼されるのではなく、セブン銀行と一緒につくり上げていく。それがあったからこそできたことだと思います。
―― そのあたりはセブン-イレブンのPB商品の開発のあり方と似ていますね。
松橋 そうかもしれません。私もメーカー時代、いろんな商品をつくりましたが、結構、簡単にコピーされてしまいます。でも本心からお客さまの利便性をつくっていく。新しい顧客体験をつくっていく。それを繰り返しながら、使いやすいものを何重にも組み合わせていく。そうすると、仮に外観や表面的なところはコピーされても、フィロソフィーはコピーされません。
―― 思想・哲学の問題ですか。そうなると他の銀行やコンビニにはこのようなATMを使ったサービスはできないことになります。ただ、サービスを普及させるには、むしろライバルがいたほうがいいようにも思います。
松橋 われわれは銀行であると同時にSaaS企業ですから、今後はATMのソフトを外部に提供することもあるかもしれません。現段階では具体的な話ではありませんが、検討は始めています。あるいはATMそのものを提供する。すでに地銀さんの中には、支店の中に自行のATMとセブン銀行のATMを併設しているところもあります。
NECのエンジニアからセブン銀行に移籍した理由
―― ところで松橋さんは、釧路工業高専を卒業したあと、NECのグループ会社でエンジニアとなり、その時にセブン銀行のATM開発に携わります。その後、NEC本体の社員となり、翌2003年にセブン銀行に転じます。セブン銀行はセブン&アイ・ホールディングスの子会社で、当時はATM設置場所もセブン-イレブン店舗内が大半でした。しかも日本初の決済専門銀行が成り立つのか、まだ答えも出ていない段階です。よく日本を代表するIT企業から、スタート間もない銀行に移ってきましたね。
松橋 NECのグループ会社といっても、実際にはNECで仕事をしていましたから、この転籍にはそれほどの意味はありませんでした。そこからセブン銀行に転じた理由ですが、どんなにいいものを作っても、お客さまに納品した後、進化が止まるケースが多い。
ITの世界では、スマホを見ても分かるように、常にアップデートして世の中の変化に対応しなければいけません。ところがお客さまがシステムを自分で運営すると成長が止まるケースをいやというほど見てきました。だとしたら運営側に回ることで、より新しい世界をつくれるのでは、と思ったのですが、実際、そのとおりでした。
例えば、セブン銀行のATMを利用する金融機関を一つ追加するのに、当初は8カ月の時間と3千万円の予算が必要でした。でも今では、お客さまにインタビューしながら入力すれば、10分ほどで手続きが終わります。こういうシステムをつくるには、やはり運営側にいるべきだと思いました。
そのことを含め、もっとお客さまに便利で効率的に運用できて進化していく仕組みをセブン銀行ならつくることができる。しかも自分の守備範囲も広がっていく。国際カードを接続しようと思っても、日本には詳しい人がいない。そこでシンガポールに何度も行って、テクノロジーを学ぶ。こういう経験を通して自分の世界が広がっていくのがとても楽しい。それが20年間続いています。