「フランス料理に日本酒を」。こんな発想から、パリでフランス人による日本酒コンクール「Kura Master(クラマスター)」が、毎年開催されている。今年も5月に第8回が開催されたが、日本酒を現地で普及させるためには何が必要なのか。答えを探るためパリに飛んだ。文=ジャーナリスト/永井 隆(雑誌『経済界』2024年9月号より)
フランスの著名ソムリエが日本酒をテイスティング
「フランスで日本酒が普及していく可能性は高い。フランス料理と合わせる、ペアリングの高さが魅力だから」
「現在の超円安は、日本酒にとっては有利だ。なぜなら、日本酒の問題点は、価格が高い点にあったから。ブルゴーニュの高価格ワインと同じレベルだ。シャンパンのように、輸出向けの価格を設定する必要が、日本酒にはあると思う」
ホテル・ド・クリヨンのシェフソムリエであるグザビエ・チュイザ氏は、5月27日パリ市内のクラマスター審査会場で筆者にこう語った。
チュイザ氏は、クラマスターの日本酒部門の審査委員長。2022年に「Meilleur Sommelier de France 2022」でフランスの最優秀ソムリエを受賞し、23年にはフランス文化の継承者として最も優れた技術を持つ職人に授与される称号「国家最優秀職人章(Meilleur Ouvrier de France)」(M.O.F.)を獲得している。まさに、フランスを代表するソムリエだ。
クラマスターは、チュイザ氏とパリ在住で日本酒の輸入・販売業者である宮川圭一郎氏が中心となり、2017年に第1回が開催された。最大の特徴は、フランス人がフランス料理に合う日本酒を選ぶコンクールという点だ。
第8回に当たる「Kura Master日本酒コンクール2024」は5月27日にパリで開催された。審査員は、ソムリエやバーマン、星つきレストランのシェフや経営者、酒類ジャーナリスト、ワイン醸造家、カーヴィスト、料理学校の教師など、飲食の専門家ばかり総勢123人。このうち6人がM.O.F.の称号を持つ。大半をフランス人が占めるヨーロッパ人であり、日本人はいない。
出品酒はブラインドでテイスティングされる。評価方法は100点満点の加点方式。酒そのものの味や香り以上に、フランス料理にどのように合うのか、つまりは相性に重点を置いて審査される。
出品数は増え続け370蔵1223銘柄
出品数は、純米大吟醸酒部門など全6部門に370蔵から1223銘柄。ちなみに、17年の第1回は純米大吟醸と純米の2部門に221蔵から550銘柄だった。
ではなぜ、クラマスターは始まったのか。クラマスターの事務局のトップである宮川氏は言う。「西欧料理の頂点であるフランス料理は、10年頃からより軽快な味へと変わってきています。ワインでは対応できない領域に、同じ醸造酒の日本酒を入れようとする動きが、フランス側から内発的に始まったのが、きっかけでした」。宮川氏は1962年福井県生まれ、2歳から大阪市で育つ。89年にレストランサントリーに入社し、90年5月からパリ店に勤務し、そのまま99年12月の同店閉店に立ち会った経験をもつ。
フランス料理と言えば、バター、生クリーム、チーズなど高カロリーな動物性油脂を使う。
しかし、健康志向や食の安全性に対する人々の意識の高まりから、低カロリーな日本の出汁が2010年代に入ると使われるように変わってきた。現実に、わさびや山椒、昆布、さらに醤油などの発酵食品が、フランス料理に使われている。ただし旨み、辛み、苦み、燻製による味の凝縮などは、ワインと合わせるのは難しい。
さらに、「ソムリエの世代交代が、やはり10年代に始まったのです」と宮川氏。「フランス料理にはフランスワイン」という従来の〝決まり〟にこだわらない若手ソムリエが台頭してきたという。
もっとも、フランス人のワイン離れは、かなり前から始まっていた。フランス人一人当たりの年間ワイン消費量は、1950年には124リットルだったのが、80年には90リットル、2020年には40リットルにまで縮小してしまっている。「食事中、水を飲むのはアメリカ人と犬だけ」などとアメリカ人をバカにしていたフランス人はいまや、食事中普通に水を飲む。ワイン離れ、さらにアルコール離れが進んでいるが、特に若者で、その傾向は顕著である。
こうした中で、「15年から、日本酒コンクールをやろうという話が浮上した」(宮川氏)そうだ。ではなぜ、コンクールかと言えば、フランスには1991年に制定されたエヴァン法という酒類の広告宣伝を規制する法律があるため。容易に日本酒など酒類の内容について、媒体での広告ができないのだ。
そこで、現地の酒市場の中核にいる一流ソムリエなどを、審査員として巻き込んでのコンクールを開催したのが経緯だった。
創設当初、JETROや在フランス日本大使館、複数の県、パリ・ソムリエ協会など「関係する官民をまずは巻き込めたことが、8回まで実施できている要因です」と宮川氏は指摘する。
一方、日本酒の課税移出数量(出荷量)は、73年の177万キロリットルをピークに、2020年は41万キロリットルと大幅に縮小している。それでも、日本酒の輸出は金額ベースで、10年以降は22年まで13年連続で増加している(23年は前年実績を割ったものの、24年1~4月は前年比プラスに転じた)。コロナ禍だった21年の最上位は中国で約103億円(前年比77・5%増)。フランスはヨーロッパでは最上位ながら国別10位の4億9千万円。それでも前年比130・3%と高い伸び率を示した。
まだ、小さな揺らぎかもしれないが、フランスにおいて内側から日本酒を選ぼうとする変化が起きている点は大きい。
フランスのZ世代に日本酒を売り込め
元外交官で21年にクラマスター名誉会長に就いた門司健次郎氏は言う。
「日本酒には和食、という思い込みを打破したい。実は日本酒にはワインに匹敵する多様性があります」
日本酒が海外で伸び悩む要因として、和食店でしか供されないという現実がある。昨年9月、「獺祭」の旭酒造(山口県)がニューヨーク州に工場進出を果たしたが、現地の和食店以外のレストランを攻略するのが目的。
クラマスターも、パリを中心とする飲食のプロをまずは巻き込み、日本酒の魅力を一般の消費者に広めていく、というシナリオである。「日本酒がフランス料理に入ると、やがてイタリアンやスペイン料理、中華にも入っていきます」と門司氏。
なお、21年の5回大会から本格焼酎と泡盛が、23年の7回からは梅酒のコンクールも新設されている。
審査員の一部を対象に、日本への酒の研修旅行をこれまで4回実施してきた。受賞蔵を訪問して酒づくりを体験したり、県庁や飲食関係者らと交流して日本各地の食文化の理解を深めてもらってきた。これにより、日本酒や本格焼酎などのインフルエンサーとなってもらう狙いがある。
第8回の今回は、料理学校などの学生をサポート要員として起用した。これにより、将来ソムリエやバーマンになる若者に、日本酒への興味を深めてもらう。「フランスのZ世代をいかに、日本酒に取り込むかは課題です」と宮川氏。
半導体や電気自動車などの先端分野で敗戦が続くわが国だが、アニメやYOASOBIなどのJ-POPといった若者文化では世界で評価されている。文化に近い日本酒が、フランスで認められていくだろうか。
なお、6月10日に日本酒6部門のトップとなる「審査委員賞」が選出された。10月2日、在フランス日本国大使公邸にて、最高賞のプレジデント賞がこの中から発表される。