日本の農業の生産性が低い大きな要因は、一戸当たりの農地が狭いこと。そこで今、国を挙げて農地の集約化を目指しているが、なかなかはかどらない。それを衛星データを使うことで解決しようというのが、サグリの坪井俊輔社長だ。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2024年10月号 巻頭特集「笑う農業」より)
坪井俊輔 サグリCEOのプロフィール
衛星データで土壌解析 肥料削減率は20%
―― サグリの本社は兵庫県丹波市です。だけど坪井さんは神奈川県出身です。なぜ丹波?
坪井 サグリを創業したのは大学3年の時です。自治体との連携を模索しましたが、学生起業家なんて信用も何もない。その中で唯一、連携してくれたのが丹波市でした。そこで本社を置くことに決めました。
―― そもそもなぜ農業ベンチャーを起業しようと考えたのですか。
坪井 サグリは僕にとって2社目の起業です。最初の会社の名前は株式会社うちゅう。もともと宇宙に興味があって、宇宙やサイエンスを子どもたちに分かりやすく伝えたい、夢を持ってほしい。そう考えてつくった教育事業の会社です。その一環でルワンダに行って子どもたちに教えたのですが、彼らも日本人の子どもと同じように「宇宙飛行士になりたい」といった夢を語る。ところが現実は、彼らは家の手伝いで農業に駆り出され、学校に行くことも難しい。これでは夢があっても実現できない。これを何とかできないか、と思ったのが最初のきっかけです。
その後、日本に帰ってきて、人工衛星の観測データを無償で使えることを知りました。これを利用すれば農業の効率化ができるのではないか。そうすれば子どもたちも夢を実現できるかもしれない。そう考えて2018年にサグリを立ち上げました。
―― 観測データをどのように活用しているのでしょうか。
坪井 多くの人は衛星データは画像データだと思っていますが、実は波長データの集合体です。赤い波長や青い波長、さまざまな波長があり、それを組み合わせることで画像になります。そして可視光だけではなく、紫外線や赤外線、さらには遠赤外線よりも波長の長い電波帯などの波長も観測しています。こういう人の目には見えない波長データをAIで解析することで、土壌のpHや炭素量、窒素量など、さまざまなことが分かります。当社の「Sagri(サグリ)」というサービスでは、農地の生育状況とともに、こうした土壌解析データを提供しています。
ただ最初は大変でした。衛星データで炭素量が推定できるという論文はありましたが、それを実証しなければなりません。そこで最初は100カ所ぐらいから土を採取して、衛星データと比較し、相関関係を調べましたが全然うまくいかなかった。
そこでもっと多くの土地で調べる必要があると考えましたが、人手もお金もない。そこで日本土壌協会と提携しました。この協会が3年間で1万5千件の土壌診断データベースを作成したので、このデータを元に衛星データと比較。それによって、衛星データから土壌の炭素量や窒素量を推測できることが裏付けられました。
―― 炭素量や窒素量が分かると何ができるのでしょう。
坪井 窒素は肥料の三要素(窒素、リン酸、カリウム)の一つです。従来の手法では、作物に有効な窒素量を調べるには1カ月ほどかかっていました。しかし、衛星データで窒素量が分かれば、今、どのくらいの肥料を撒けばいいのかが即座に分かります。
日本の農業はほとんどの場合、肥料を撒きすぎています。ここにきて円安や資源高もあり、肥料価格も高騰しています。今までのように、とりあえず撒けばいいという状況ではなくなっています。
「サグリ」を利用されている農家さんの場合、平均して肥料代の2割削減を実現しています。水田の場合、1ヘクタール当たりの肥料価格は20万円ほどです。その2割なら4万円。「サグリ」の料金は1ヘクタール2千円ですから、十分ペイします。
―― 欧米などでは、すでに同様のサービスがあるのではないですか。
坪井 例えばアメリカなら、農地がとにかく広い。それに比べて日本の農地はとても小さい。ですから欧米のデータ技術はうまくフィットしません。そこでわれわれは狭い農地で使える技術を開発してきました。これは日本だけではなく、やはり農地の狭いアジアやアフリカでも使えますから事業を拡大できる可能性があります。
耕作放棄地確認の手間を大幅削減
―― 「サグリ」以外にどんなサービスがあるのですか。
坪井 衛星データをもとに耕作放棄地を判定する「アクタバ」というソリューションがあります。自治体は耕作放棄地の有効活用に取り組んでいますが、そのためにはまず、どこが放棄地なのかを調べる、農地パトロール調査をする必要があります。耕作放棄地を早期発見して次の担い手に託していく。これまでは、現地に足を運んで目視で確認する必要がありました。「アクタバ」を使えば、衛星データである程度のメドをつけることができますから、調査工数を9割削減できます。しかもタブレット上に表示するため、地図も不要です。
―― 水田なら水が張ってあるかどうかで休耕田かどうかを判断できるから、けっこう簡単に判断できるのではないですか。
坪井 そうでもありません。水田でも、水を張っていない時期はどうするのか。もっと難しいのは、例えば茶畑です。耕作を放棄しても茶樹はそのまま残ります。判断はAIでしていますが、学習させるのはけっこう大変でした。果樹林も同じです。
このソリューションは日本より先にインドで始めました。インドでマイクロファイナンスの与信のために農地を衛星でモニタリングしたのです。面積と作物が分かれば、おおよその価値が分かるので、それに基づき融資するというものでした。それを日本に持ってきて、自治体に提供しています。
ただし農地法では、衛星データで調査することは想定されていないため、耕作放棄地は道路から目視することになっています。そこでまずは40以上の市町村で実証実験を重ね、その精度を確認していき、22年に下呂市での導入が決まりました。昨年には、目視というルールそのものが変わっています。
―― この場合、クライアントは自治体になるわけですね。工数が9割削減できるなら、導入する自治体も多いでしょう。
坪井 100以上の自治体とお付き合いがありますが、有償で利用されているのは数十といったところです。自治体の中で、耕作放棄地を担当する方というのは数年おきに代わるケースが大半です。ですから自分の代でやって失敗したらどうしようと考える人もいます。そのため多いのは、ある自治体が導入、その評判を聞いた周辺の自治体へと広がっていくパターンです。さらに予算の問題もあります。農業分野の予算というのは非常に少ないのが現状ですし、年々削られてきています。それで導入すれば便利だと分かっていても、なかなか踏みきれない。
農地による炭素削減をクレジット化し販売
―― そうすると収益を伸ばしていくのは大変ですね。
坪井 自治体とのビジネスだけにこだわっていたら難しいかもしれません。そこでわれわれは、B2Bのモデルも始めています。
そのひとつが、最近始めた「ニナタバ」というソリューションです。これは農地の集約化を進める農地マッチングサービスです。耕作放棄地を検出できたとしても、それだけでは問題は解決しません。「ニナタバ」では農地を貸したい、売りたいと考えている土地所有者と、農地を借りたい、買いたいという農業法人などの作り手、担い手を結びます。日本の農業が元気になるためには農地の集約化は不可欠ですし、規模拡大を目指す農業法人もたくさんあります。しかし現状では、まとまった農地の探索に苦労されています。「ニナタバ」はそうしたニーズに応えます。
今では何十ヘクタールの農地を持ち、売り上げが数十億円という農業法人も出てきています。彼らの多くが、さらなる大規模化を目指している。そこで問題になるのが、地権者との調整です。いかにして地権者に納得して売ってもらうか、貸してもらうか。われわれはその橋渡しをしていきます。決め手は金額だけではありません。例えば農地の一角に加工工場をつくる。それによって周辺の土地の価値が上がるなら、地権者も納得しやすい。そういう提案をしていきます。
今年4月にローンチしたばかりですが、大変な反響がありました。自治体もこのソリューションに期待しています。というのも、2年前に農地バンクを活用した農地の集約化を進めるための法律(農業経営基盤強化促進法の改正法)が成立しました。これにより各自治体は、10年後に目指す地域の農地利用を示した「地域計画」を来年3月までに作成することが義務づけられました。これが「ニナタバ」にとって追い風となっています。
そしてもう一つが、カーボンクレジットです。企業にとってもCO2削減は急務です。しかし削減目標を立てても達成は容易ではありません。その場合、カーボンクレジットを購入することになります。そして有機栽培などを行っている健康な農地には炭素貯留効果があります。われわれは、衛星データにより、農地の炭素排出削減量を計測してカーボンクレジットを創出。これを企業に販売します。これを日本だけでなく新興国の農地でも行っていく。農家は何もしなくても収入を増やすことができます。CO2削減は人類にとって大きなテーマですから、今後が楽しみです。