先代の父親の急逝をきっかけに社長に就任した福井彩氏。「社員にこの重責を負わせるわけにはいかない」と、業界未経験ながら社長に就いた。その覚悟と行動力は会社の文化を大きく変えることに。「幸福な社員づくり」に注力する、福井氏の経営哲学に迫る。(雑誌『経済界』2025年3月号「関西経済、新時代!」特集より)
「会社の命運」を背負い業界未経験から社長に
創業以来、半世紀にわたって輸入食品を中心とした商品の入出庫、保管サービス、通関、輸配送を展開してきた港湾冷蔵。9年前、当時の社長を務めていた父親が病で急逝したため、長女の福井彩氏が後任を引き継ぐこととなった。「会社は男子が継ぎ、女子は嫁へ行くべき」といった考えの下で育った福井氏は、事業承継は予期していなかったと話す。
「港湾冷蔵は祖父が創業し、主に創業家一族の男性が社長を務めてきました。父が病に倒れた後、兄弟が事業を継ぐことに積極的でなかったため、間に一人(現会長)を挟み、昨年私が社長になったのです」
最初は右も左も分からず、周りからは「何だあの娘は?」と白い目で見られたことも。しかし、福井氏は強い覚悟を持っていた。
「会社の命運を社員に背負わせるわけにはいきません。その重責は創業家一族が負うべきです。私がこれまで誰のどんなお金で育ててもらったのかを考えれば、『やりたくない』は通用しないと思っていました」
入社後、社員と分かり合えるまでは多大な時間を要した。まずは自分のことを知ってもらおう、そして会社のことを教えてもらおうと、謙虚な姿勢で向き合い続けた。その背景には、先代からの教えがある。
「父は『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という言葉を大切にし、私たちに厳しく言い聞かせていました。また『信頼』についても同様で、『信頼を築くのには時間がかかるが、崩れるのは一瞬だ』と常々話していました。仕事は信頼を土台にしてこそ成り立つもの。仕事でそれを痛感していたからこそ、私たちに伝えたかったのだと思います」
実直に、正直に、謙虚に取り組むこと。それは今、会社の大事な文化として、全社員に受け継がれている。
「仕事はあくまで手段」社員の働き方、暮らしを豊かに
福井氏が社長就任後、真っ先に着手したのが働き方改革だった。毎日夜遅くまで働く社員たちの姿を見て、強い衝撃を受けたと話す。
「当時の長時間労働が慢性化している状況には違和感を覚えました。会社に住んでいるのかと疑うほど、深夜になっても社員が帰らずに会社にいるのです。皆仕事のためではなく、生活を豊かにするために働いているのに、どうしてこんなことになっているのだろうと。一人一人の社員に暮らしがあり、家族があり、趣味があるはずです。私はまずそこを大事にしてほしいと考えました」
当然、各所から反発が起こった。残業で収入を増やす働き方をしている社員にとっては喜ばしい話ではないからだ。しかし、福井氏は理解を得るための対話を欠かさなかった。
「『そんなことできるわけがない』と何度も言われました。理解してもらうために、各部署や工場を回りながら、一人一人と徹底的に話しました。幸い、父や先代が残してくれた優秀な社員の協力を得て、長く働かなくても収入を上げられるように人事評価を刷新できました」
取材中、「私は専門家ではない。実行できたのは優秀な社員たちがいたから」と繰り返し語った。しかし、社員からは「社長の覚悟と行動力に動かされた」との声が上がる。福井氏は当時を次のように振り返る。
「中途半端な知識で現場を混乱させたくなかったんです。プロがいるなら信頼して任せた方がいい。ただし、絶対にやるという強い意志を行動で見せることと、結果に対する責任は私が取れるようにしていました。そのためのトップなので」
会社の財産は人。より一層「人財」へ投資
「会社の財産は現場で働く社員一人一人」と語る福井氏。社長就任後は経営理念、ビジョン、使命、行動指針を策定した。経営理念には「幸福な社員づくりが良質なサービスを⽣む」の一文を据える。
「私たちの事業は他社とそう大きくは変わりません。では、どうやって差別化を図るのか。弊社の強みである『人財』です。彼らが最高のパフォーマンスを出すためには、心身ともに健やかかつ豊かでなければならない。だからこそ、私は理念を策定し、働き方改革を断行したのです」
理念を絵に描いた餅で終わらせないために、現場へ足を運んで対話を重ねた。社員の声に耳を傾けながら行動指針である「愛、信、求、楽、聞」も策定し、理念浸透に尽力した。結果良質なサービスにつながり、顧客との盤石な信頼関係が築かれ、競合が苦戦する昨今の情勢を背景とした値上げ交渉はほぼ通っている。また、新たに倉庫事業と輸配送事業の連携を強化した3PL事業等にも力を入れている。今期の売上高は過去最高に達する見込みだ。この成果を、あくまでも謙虚な姿勢で受け止める。
「社長就任1年目なので、社員たちが花を持たせてくれたのだと思います。私一人では到底できません。来期はより宝である人財を磨くべく、人への投資を強化したいと考えています。キャリアアップのための研修はもちろん、社員一人一人が豊かに過ごせる保養所の整備なども検討していきたいですね」
社長就任以降、明るい色調に改装されたオフィスの一室に視線をやりながら、「気持ちも明るく働いてもらえるとうれしい」と笑顔を見せる。
今年は新卒採用にも取り組む予定だ。会社の歴史・伝統を継承しつつ、新たな風を吹かせる福井氏の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
会社概要 設 立 1950年5月 資 本 金 4,800万円 売 上 高 42億3,000万円(2023年11月期) 本 社 大阪市住之江区 従業員数 44人 事業内容 冷蔵冷凍倉庫保管サービス事業、通関業、輸配送事業、3PL https://kowanreizo.co.jp/ |