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日本企業が変わるためには思い込みを捨てるしかない 和田浩子 Office WaDa

和田浩子(提供画像)

1977年、P&Gジャパンの前身であるP&Gサンホーム社に入社した和田浩子氏。同社は米P&G・日本サンホーム・伊藤忠商事の3社合同で設立され、日本的な企業文化を維持していたという。優秀なマーケターを数多く輩出する今の姿になるまで、どんな道のりをたどったのか。聞き手=小林千華(雑誌『経済界』2025年6月号より)

和田浩子 Office WaDaのプロフィール

和田浩子(提供画像)
和田浩子(提供画像) Office WaDa代表/コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス社外取締役
わだ・ひろこ 大分県生まれ。1977年、P&Gサンホーム社へ女性初のマーケティング職として入社。「ウィスパー」「パンテーン」などの立ち上げや「パンパース」の立て直しを手掛け、日本人初の米P&Gヴァイス・プレジデントを務めた。2000年にリタイア後、ダイソン日本支社社長、日本トイザらス社長兼COOを歴任。

属システム的運用で組織のレベルを維持する

―― 和田さんはP&Gで20年以上を過ごしています。

和田 私が入社した1977年、P&Gは日本に進出してまだ5期目でした。日本の消費者意識を基にしたマーケティングができておらず、CMなどもアメリカで放映しているものをそのまま応用していた頃です。当然業績も上がらず、80年代前半には日本からの撤退も検討されていたほどでした。

 また、当時は日本企業の資本も入っていたことから、人事評価制度や人材育成手法といった社内のあらゆる仕組みも日本的で、米P&Gのやり方もあまり反映されていなかったのです。私は入社3年半で、普通より早くブランドマネジャーに昇格していたのですが、「まだ早い」という理由で、下のポジションにいる同期たちと同じ給与で働いていた時期もありました。

 そんなP&Gジャパンの仕組みをさまざまな面で整備してきたのが私の世代です。

―― 具体的にどのように仕組みをつくってきたのでしょう。

和田 米国本社の仕組みを学んで日本に取り入れた部分が大きいです。先ほどの給与の問題も、年功序列ではなくパフォーマンスに応じた評価と給与システムに大きく改革されました。同じように人材の採用、育成の手法も、米国本社のやり方やその他のさまざまなやり方を学んで、日本の人材がグローバルに活躍できるようにしました。

 P&G式マーケティングの大きな特徴は、属人的ではなく属システム的であること。ノウハウがきちんと共有され、上司が部下にOJTでマーケティングの型を伝える仕組みができているので、上司の人柄や方針で組織全体の質が左右されることはありません。

 極端に言えばP&Gでは、CEOから末端の社員まで、誰が突然抜けても勢いが滞ることのない組織を常に目指します。ですから優秀な人材を育て続けなければならないのです。

昭和的なやり方ではなく21世紀にアップデートせよ

―― 和田さんから見て日本企業が、マーケティング文化の根付いた組織を目指すにはどうすればいいでしょうか。

和田 これまでP&G流人材育成についても、依頼を受けて経営者向けセミナーなどでお話ししてきましたが、響いたと思えたことはありません。皆さん、P&Gの終始一貫した仕組みを圧倒的なもののように感じ、どこかで自分たちには無理だと思い込んでいるような気がします。

 日本企業でもよく、社長室や役員室に「お客さま第一」といったメッセージが掲げられているのを見ます。ではその会社で、末端の社員までそれに応じた行動をとっているのかといえば、なかなかそうではない。会社のビジョン・ミッション・バリューといったものが定められていた場合、全社員がそこから逆算し、自分がどのような形でそれに貢献するか理解している状態が当たり前なのに、経営陣自らそんな状態は無理だと思い込んでしまっている。そのままでは改革は難しいですね。正直に言うと私は半分諦めていますが。

―― どうすればその状況を変えられますか。

和田 私はよく、「昭和的なやり方から21世紀のやり方にアップデートしよう」と言います。日本だけの元号である令和ではなく、21世紀です、と。まずは日本企業の役員クラスの、偉い方々の意識から変わらないとどうしようもありません。

 先ほど話した会社のビジョン・ミッション・バリューについても、ふんわりした雰囲気のようなものを設定するだけで、本当に自社が提供できる価値を、地に足をつけて言語化できている企業は少ないのではないかと思います。ビジネス誌や書籍などでこうした訴えを読んでも、みんな自分に向けられた言葉だと思っていない。自社の歴史とその中でできてきた「自社らしさ」にとらわれ、時代に沿って変えるべきところも変えられないのが今の日本企業です。

―― どうして変われなくなってしまったのでしょう。

和田 多様性のない組織・社会の中で、それしか知らない状態でここまで来てしまったからでしょう。

 私自身も、学生時代までは男女平等の環境で育ってきましたが、就職活動で初めて壁にぶつかりました。女性でも男性同様のキャリアを築ける会社に入りたい思いでP&Gサンホーム社にたどり着いた。多国籍な社員が働き、多様な考え方の中から生まれた新しいアイデアで成功を目指す経験をたくさんしました。

 今までの状況を見返し、「昔からそういうものだ」という思い込みを捨てられるかどうかが、日本企業が変わる最後のチャンスです。

自前で人を育てられるようになったことは誇り

―― 「P&Gマフィア」と呼ばれるOBがさまざまな業界で活躍しています。なぜP&Gは彼らのような人材を育てられるのでしょうか。

和田 先ほどもお話しした、属システム的なマーケティングの型があるおかげで、等しく質の高い人材を自社内で育成できるからです。

 ただ、彼らのほとんどは既に完成された組織の中で育ってきた人たち。P&Gでは組織のつくり方は十分に学んでいないかも。P&Gを出て自身で事業を興したOBたちが今後どういう組織づくりを行っていくのか、私も注意深くウォッチしています。

 P&Gには、外部の方にはすぐには吸収できないであろう独特のカルチャーや、社内の共通言語が多くあります。それが伝わる仲間がいなければ、同じカルチャーの根付いた組織を一から立ち上げるのは難しいかもしれません。OB同士が集まって事業を立ち上げているケースもありますが、共通言語を持つ仲間を外から採り続けるのは不可能ですから、自社で育成する必要が出てくる。どういった組織ができてくるか期待しています。

 私はやはり、P&Gジャパンがこうして優秀な人材を育てられる会社になったことを誇りに思います。マーケティング面で強い会社は他にあっても、彼らほどの人材を自社で育てる仕組みを確立した会社はそうありませんから。