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マダガスカルの地で私のフォースは覚醒した 今井斗志光 豊田通商

今井斗志光 豊田通商

7年ぶりに豊田通商の社長が交代した。新社長の今井斗志光氏は、1988年に豊田通商に入社すると、同社の特徴であるアフリカ事業を中心にキャリアを積んできた。従業員約7万人、売上高が10兆円を超える巨大商社グループをどんな組織へと導くのか。聞き手=和田一樹 Photo=小野さやか(雑誌『経済界』2025年8月号より)

今井斗志光 豊田通商のプロフィール

今井斗志光 豊田通商
今井斗志光 豊田通商社長・CEO
いまい・としみつ 1965年、愛知県出身。88年、早稲田大学を卒業し、豊田通商入社。 自動車企画部企画総括グループリーダー、販売品質強化部長、自動車企画部長、仏CFAO副社長などを歴任し、2016年に執行役員。18年にトヨタ自動車の常務役員を経て22年に豊田通商の副社長。25年4月より現職。

入社4年目にマダガスカル クーデターで国外退去に

―― 今年4月、豊田通商の新社長に就任しました。これまでどんなキャリアを歩んできたのでしょうか。

今井 アフリカと縁の深い人生を歩んできました。私が豊田通商に入社したのは1988年。入社4年目の91年には、アフリカ大陸の東側にあるマダガスカル島に事務所長として赴任しました。

 ところが赴任から1年もたたないうちにクーデターが起き、仕事どころではなくなりました。さすがに帰国かなと思っていたところ、下った辞令は「ケニアでの待機を命ずる」。それから1年以上ケニアに滞在した後、マダガスカル島での仕事に復帰することができました。

 その後も、南アフリカでの事業に関わったり、アフリカで事業を展開するフランス企業の買収案件に参画したり、トヨタ自動車に転籍してトヨタ自動車のアフリカ部と豊田通商のアフリカ部を合併させるプロジェクトを担当したりと、アフリカと共に生きてきたようなキャリアです。

―― 分野で言うと、どんな領域の業務が多かったのでしょうか。

今井 先にお話ししたことと関連しますが、私のキャリアの特徴は合併、買収、PMI等の経験が豊富なことです。アフリカでの企業買収もそうですし、豊田通商がトーメンと合併した時も経営企画部に所属して統合プロジェクトに関わりました。トヨタ自動車とのアフリカ事業合併もそうです。また、直近では再生エネルギーやバッテリーのような脱炭素文脈の全社プロジェクトを担当することが多くありました。

 今年4月、豊田通商の子会社で国内最大の風力発電事業を手掛けるユーラスエナジーホールディングスと、同じく当社子会社で再エネ開発事業を手掛けるテラスエナジーが合併しました。もともとテラスエナジーはソフトバンクグループの企業(旧・SBエナジー)で、2023年から段階的に株式を取得して完全子会社にした経緯があります。私はユーラスエナジーの役員を担当したり統合委員会を指揮したりと、直近の再エネ関連事業でも事業の統合に関与してきました。

―― キャリアを振り返って特に濃い時間を過ごした時期はいつでしょうか。

今井 合併やPMIをやり続けていますから、ほとんどすべてが濃い時間でした。ただ、そういった中であえて1つ挙げるとすれば、12年にフランス最大のアフリカ専門商社CFAO(セーファーオー)を買収した時だったかもしれません。

 CFAOは当時、1万人ほどの社員がいました。主力は自動車販売事業です。ただ、扱う自動車のすべてがトヨタ車というわけではありませんでした。当然、そういった事業環境ですから、CFAOのボードの中でも豊田通商の傘下に入るのはちょっとどうかなという声もあったようです。マネジメントが反対を表明する中でTOBをかけたというのが実態でした。そして、前社長の貸谷(伊知郎氏)や私を含む4人が、PMIを完遂すべく落下傘のようにパリに行ったのです。

買収や合併、PMIはディールがメインではない

今井斗志光 豊田通商
今井斗志光 豊田通商

―― 他の自動車メーカーからすれば、トヨタグループになった販売会社からは離れてしまいそうです。

今井 実際そういった事例もありました。ただ、単に代理店契約の数が減ったとか業績が悪くなったとか、それだけの問題ではなかったです。何十年とトヨタ車以外の販売店をやってきた社員もいましたから。

 それから、CFAOを買収したことにより、豊田通商のアフリカ事業のバランスも変わっていきました。CFAOは西アフリカが中心ですが、南アフリカにはもともと豊田通商のアフリカ事業の拠点がありました。アフリカ事業の拠点が2つあるのも非効率なので合併する話になり、結果的に買収したばかりのCFAOに統合することになったんです。

 ところが、長年にわたって豊田通商の社員として誇り高くやってきたメンバーからすれば、こっち(豊田通商)があっち(CFAO)を買ったわけだから、いずれはこっちに吸収かと思っているわけです。実際はそれが逆になったので「どっちがどっちを買ったんだ」と怒りが収まらない社員もいました。PMIの過程は本当にブラッディとでも言いますか、悲喜こもごもがあります。

―― 買収やPMIに数多く関わってきた経験から、成功のポイントは何だと思いますか。

今井 買収や合併はディールが目的でもないし、そこがメインシーンでもありません。どうしてもそういう部分がかっこよく見えますけど、やっぱり統合していく過程には人の感情とかいろいろなコンフリクトがあって、それらをうまくマネージできるかどうかが成功の鍵だと思います。豊田通商という会社は合併・統合を多く経験していて、ほとんどが成功しています。ポイントはやはり人と人が出会って信頼し合うプロセスを重要視すること。信頼感を軽く見ない社風は、たしかにあります。

 CFAOは敵対的買収で、その時に反対した経営陣は一度去りました。でも、その後に戻ってきてくれました。ですから、日本人の社長は送り込まず彼らの流儀を生かしながら時間をかけてグループ会社にしていくことができました。CFAOの社長はリチャード・ビエルという人物で、今では豊田通商の経営幹部も務めてくれています。

―― 事業に目を向ければ、豊田通商の2025年3月期の売上高は10兆円以上、営業利益は4400億円を超えています。これからどんな企業を目指していきますか。

今井 いろいろと考えていることはありますが、特に私自身の思い入れが強いことをお話しします。社長に就任し、どんな組織でありたいかを今まで以上に深くイメージしました。大好きな有名映画から着想を得まして、「フォースの覚醒」がキーワードだと考えています。

 これは私の持論も多分に混じえた考えですが、人間というのは持って生まれた能力はそんなに変わらないと思っています。ですが、現実には成功する人、そうではない人に分かれます。この差が何に起因するのかといえば、それこそがまさにフォースが覚醒したのか否かです。

 もうちょっとベタな言い方をすれば、人間は誰しもポテンシャルがある。けれど、のびのびとできず委縮してしまえば能力や独自性や全く発揮できないということです。だからこそ、豊田通商に所属する約7万人のメンバーすべてがポテンシャルを解き放ち、フォースが覚醒している状態を目指したいのです。

―― どうすればフォースは覚醒するのでしょうか。

今井 フォースはですね、会議室では覚醒しません。ミッション・ビジョン・バリューやディスカウントキャッシュフローにばかり意識が向いていては覚醒しないのです。やはり、現場のリアリティが大事です。

 私の経験に即して言えば、25歳でマダガスカル島に行き、一生懸命仕事をしていたのにクーデターで全てがダメになった。責任者のポジションでしたから、従業員やお客さまに向き合いながら、ものすごい敗北感を抱えてケニアに退避しました。きっとあの頃に私のフォースは覚醒したのだと思っています。

 当社のメンバーたちも似たような経験で覚醒しているはずです。責任を負い、現場に立ち、逆境に向き合った時にフォースは覚醒する。自分の限界がここだと思ったら、そこから一歩先に挑戦してみる。必ずその先にはフォースの覚醒が待っています。日本は資源にめぐまれた国ではありません。だからこそ人々のフォースが覚醒していることが一番重要ではないかと感じます。少なくとも、豊田通商はそんな集団であり続けられるようにしたいと考えています。

異能の総合商社へ 競争力の源泉は独自性

―― 社長就任会見では、豊田通商が目指す姿を「異能の総合商社」と表現していました。

今井 その言葉に込めた意味合いにはいくつかの背景がありますが、要するに特徴のある会社でありたいということです。例えば、多くの商社がアメリカ市場を開拓しているときに豊田通商はアフリカに行きました。あるいは、エネルギー事業の戦略も他社とは異なる道を行きます。

 商社の中には資源・エネルギーが強い会社もあります。かといって、今からわれわれが鉄鉱石や石油を掘りに行っても勝負になりません。しかし、鉄鉱石は地球から掘るだけが全てではありません。今年3月、自動車リサイクルを手掛けるアメリカのラディウス・リサイクリング社の買収を公表しました。私のキャリアに関する話題でも再エネ事業を手掛けるユーラスエナジーに言及しましたが、他社が地球を掘って資源エネルギーを開発するならば、われわれはリサイクルや風力・太陽光などを活用して、地球を掘らずにエネルギーを生み出します。

 異能の総合商社とは、こういった異なる道を行くという方向性をはっきりとさせるために使った言葉です。やはり、企業の競争力の源泉とは、独自性だと思いますから。他人と違うからこそ、勝ち抜ける。そこがビジネスの本質だと思います。