ドローンというとウクライナ紛争でも使われている無人兵器や、物流手段を思い浮かべる人も多いだろう。しかしLiberaware(リベラウェア)のドローンは幅20センチと超小型。この小ささを武器に、原発や下水道管など、人の入れないところで今日も活躍している。開発秘話を閔弘圭CEOに聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年9月号より)
閔弘圭 LiberawareCEOのプロフィール

ミン・ホンキュ 1985年生まれ。3歳まで日本で育ち、その後韓国へ。中学2年の時に再来日。千葉工業大学・大学院でロボット開発を学び、千葉大学研究員として野波健蔵・千葉大学名誉教授のもとでドローン研究に従事。2016年にLiberawareを設立、24年7月東証グロース市場に上場を果たした。
3・11がきっかけでドローンの世界に
―― 今年1月に八潮市(埼玉県)で起きた下水道陥没事故では、転落したトラックの捜索にLiberawareのドローンが大きな役割を果たしたと聞きました。どういう経緯でドローンビジネスを始めることになったのですか。
閔 Liberawareを設立したのは2016年です。ただし起業に至るまで、そして起業後も紆余曲折がありながら今日に至っています。
私は韓国人の両親のもとに生まれました。父が日本でエンジニアをしていたため、3歳まで日本で育ち、その後帰国。中学2年生で再び来日しました。ロボット工学に興味があったため千葉工業大学に入学、大学院に進学。この時は鳥や魚のような群れ行動ロボットの研究を行っていました。いずれ自動運転の時代が来る。その時にこの研究が役に立つ、そう考えたためです。
ですが在学中に11年3月11日を迎えました。当時の研究室はビルの高層階にあったためものすごく揺れた。研究室にいた誰もが自分はもう死んだと思うほどでした。幸い、みな無事だったのですが、これをきっかけに考えが変わりました。
どうせなら人の役に立つこと、ためになることをやっていきたい。
そんなタイミングで日本のドローン研究の第一人者で当時、千葉大学副学長だった野波健蔵先生に出会います。野波先生は経済産業省・資源エネルギー庁による「発電用原子炉廃炉プロジェクト」に関わっていました。東日本大震災で大きな被害を受けた東京電力福島第一発電所は放射能で汚染されて近づくことができません。これをドローンで撮影しようというのがミッションでした。ここからドローンと深く関わるようになりました。
そして16年に自らLiberawareを立ち上げました。
―― 創業から8年後の昨年8月に東証グロース市場に上場しています。順調に成長してきたようですね。
閔 そう見えるかもしれませんが、実際には決して順風満帆ではありませんでした。起業したものの、最初はドローンではなく自動運転車椅子などの開発を行っていました。その後、あるドローンメーカーの出資を受けてドローン開発に取り組みますが、いわゆる下請け仕事です。そこで自分たちが主体になってビジネスをやりたいと言ったところ資金を引き揚げられてしまったため、新たなる出資先を見つけなければならない。そんな苦労をしながら、19年に超小型ドローン「IBIS(アイビス)」のリリースにこぎつけました。
―― IBISは超小型ドローンです。なぜこの分野なのですか。
閔 大型ドローンは世の中にいくらでもあります。私自身過去に物流用のドローンシステムに携わっていました。その一方、産業用の超小型ドローンはほとんどない。しかも日本ではさまざまなインフラ・設備が老朽化しています。その中には人が入ることが難しい超狭小空間もある。今後、こうした設備の点検業務需要は間違いなく増える。そこで超小型ドローンです。
ただ開発するのはなかなか大変でした。ドローンの大きさを決めるのはプロペラのサイズです。IBISには4つのプロペラがあり、それぞれが3翼。そして一翼のサイズが3インチ(7・62センチ)、IBISの全幅は20センチです。仮に翼長を4インチや5インチにすると、全幅が1・5倍ぐらいで大きくなってしまう。これでは狭いところに入っていけない。逆にプロペラを2インチにすると3分しか飛べない。検査をして戻ってくるには10分はほしい。そこでこのサイズに決まりました。
とはいえ市販の3インチのプロペラではうまくいかない。厚みが均一ではないため、高速回転させると振動が起きてしまう。結局、すべてのパーツを自分たちで設計して、製造業者さんにお願いしてつくってもらいました。厳しい条件にもかかわらず、協力企業の皆さまが真摯に対応してくれました。日本の製造業の精緻な技術と情熱に改めて感銘を受けました。IBISが完成した時、取引先を集めて食事をしたのですが、皆さんがおっしゃったのは、「無茶なことをお願いされたからこそ、これができたら面白いと燃えた」と。
日本製鉄の設備点検で分かった超小型の能力
―― そうやって世に送り出したIBIS、売れました?
閔 当初はまったく売れませんでした。そこで最初は、プロダクトを売るのではなく、IBISを使った点検サービスから始めました。点検現場に行って写真を撮って提供する。それによって、こんな場所でも使えるのか、と気づいてもらえれば宣伝になりますから。IBISのレンタルも行いました。その場合のリスクは慣れていない人が操縦することで起きる破損です。そこで破損の場合は無償修理を約束することでより使っていただきやすくするというサービスです。
その一方で展示会などにも積極的に出展して、PRを続けてきました。そこで出会ったのが日本製鉄の方でした。日鉄には数多くの設備があります。その点検に使えるのではないかと、ものすごく興味を持っていただきました。
そこでまずは実証実験をしようということになったのですが、うまくいかない。日鉄の施設には粉塵がつきものです。ところが当時のIBISはプロペラを回すモーターがむき出しになっていたため、粉塵がモーターのコイルに付着して詰まってしまう。使ってもうらためには防塵対策が不可欠でした。
ただし小さいモーターです。単価もそれほど高くない。だからモーターメーカーはなかなか相手にしてくれない。ところがニデック(当時は日本電産)が興味を持ってくれました。
―― ニデックといえば小型モーターの最大手です。よく興味を持ちましたね。
閔 タイミングとしか言いようがありません。ニデックはPCに搭載されているCD・DVDドライブ用モーターの最大手ですが、クラウド化が進んだことでドライブを搭載するPCは減り続けていました。そこで新規需要を開拓しようとしていた時に、われわれから話があり、一緒にやろうということになったのです。日鉄は22年からIBISの本格利用に踏み切りましたが、これも防塵モーターの開発に成功したおかげです。
―― クラウドの普及様様ですね。
閔 JR東日本との縁もまさにタイミングでした。最初の出会いは19年秋にJR東日本が開催したスタートアップのイベントでした。ここでわれわれは新宿駅の天井の中をドローンで点検し、撮影データを3次元化して解析、この技術を応用すれば新しいビジネスの可能性があるとプレゼンしました。
そして翌年、コロナ禍によって世界が止まり、街から人がいなくなりました。当然、鉄道利用者も激減です。JR東日本は今後のビジネスについて真剣に考える必要に迫られた。そこでわれわれと組めば面白いことができるのではないかということになり、声をかけていただいて、半年後の21年7月には新しい会社が生まれていました。
―― JRとは思えない素早い対応ですね。
閔 大企業とは思えないほど迅速な意思決定に驚かされました。新会社の社名はCalTa(カルタ)です。ドローンを活用した点検・測量ソリューション、映像加工・編集サービスというわれわれが持っているノウハウを元に、「TRANCIY」というデジタルツイン(実際のデータに基づくデジタルコピー)プラットフォームを提供する会社で、JR東日本グループ66%、Liberaware34%で設立しました。声をかけてきてくれた人は、今その会社でCTOを務めています。しかも、JR東日本はわれわれに10%以上を出資する大株主になっています。
一発勝負だった福島原発の炉内撮影

―― 日鉄、ニデック、JR東日本という、日本を代表する会社と仕事をしているのですね。
閔 日鉄ではドローンによる設備点検が当たり前のこととなりました。IR資料の中にもドローンを使ったDXについても言及しています。川口春奈さんが出演するニデックのテレビCMにもIBISが登場しています。このように、今では数多くの会社から依頼を受けるようになりました。
―― その中の1社に東京電力があるそうですね。
閔 はい、JR東日本と合弁会社を設立する話をしている最中に、福島第一原発の原子炉内部を調査するというプロジェクトが始まりました。原子炉内は放射能で汚染されているため、人が立ち入ることはできません。でも内部がどうなっているか分からなくては、廃炉作業を進めることができない。IBISを利用できないか、ということになりました。
そして昨年3月14日、本番を迎えます。原子炉に空けた小さな穴からドローンを入れるのですが、リハーサルなどありません。失敗のできない一発勝負。操縦者には大変なプレッシャーだったと思います。結果は見事成功。原発事故後初めて炉内の撮影に成功しました(写真参照)。
この時、私は本社で採用面接をしていたのですが、電話がかかってきたので面接を中断して出たところ、「成功しました」と。その瞬間の喜びは今でも忘れられません。感無量でした。自然と涙もこぼれました。私がドローンの世界に足を踏み入れた時も、原発撮影に携わりました。それから10年以上がたち、自分たちがつくったドローンが初めて炉内に入り撮影し、しかも戻ってくることができたのです。
―― 超小型ドローンだからこそできることへの認識がかなり広がってきました。炉内撮影の少し前の能登半島地震でも倒壊家屋内の撮影を行ったほか、今年1月の八潮の事故では、行方不明になっていたトラックを最初に見つけたとか。
閔 転落したトラックが下水道管の中でどこまで流されたのか、まったく分かりませんでした。最初は水中ドローンを使って捜索したものの、水が濁っていて失敗。そこでIBISの出番となったのですが、この時も最初の飛行ですぐにトラックを発見することができました。
―― 下水道管内の点検にもドローンが有効なのが証明されました。
閔 八潮の事故の原因は下水道管の老朽化です。そしてこれは日本全体の課題です。これまで点検は人による目視によって行われてきました。でも人口減少が進み、点検する人の確保も難しくなってきています。そこでドローンで撮影し、データを解析することで修理する場所を特定することができる。実際、今多くの自治体から引き合いをいただいています。誤解なきようお伝えしたいのですがわれわれが検査を行うケースもありますが、機材やデータ解析のツールを提供することで更に全国の点検業者さんに活用していただきたい。
目指しているのは誰もが安心な社会
―― 今後どのようなジャンルに広げていきたいと考えていますか。
閔 われわれのミッションは「誰もが安心な社会を作る」です。今日本のインフラは至るところで老朽化しています。ドローン出番は今後さらに増えると考えています。
そこで今、3つのチャレンジを考えています。
まずはIBISの自動化です。今は人が操縦していますが、無人で飛べるようにする。こうなれば、例えばビル1棟にIBISを1台配置しておけば、常時点検作業ができるようになります。
2番目は「プロジェクトスパロー」です。これはIBISより大きなスパローという名のドローンを使って、鉄道の線路や架線、信号などを点検する。路線上の定点に配置し、点検して戻ってきて充電する。これを自動で行うシステムを、現在、JR東日本と一緒に開発しています。
3つ目はデータビジネスです。われわれはドローンというハードを提供していますが、本当にやりたいのはドローンが収集したデータを活用したビジネスです。IBISが収集した全国のデータから、インフラ安全度マップを作製し提供する。そうすることで、どこの街が安全なのかが分かる。そんな世界を目指します。

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