経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

熱狂止まらぬライブエンタメ界 感動の裏に「仕掛け人」あり

ライブ・エンタテインメント市場規模の将来
ライブ・エンタテインメント市場規模の将来

劇場やスタジアム、アリーナなどに人が集まって楽しむ「ライブ・エンターテインメント」。全体の市場規模はコロナ禍で落ち込んだのち、躍進を続けている。その躍進の背景にどのような創意工夫があるのか。ライブエンタメ業界を支える「仕掛け人」を追う。文=小林千華(雑誌『経済界』2025年10月号より)

市場規模2兆円 勢いづくライブエンタメの今

 ライブエンタメの活況が止まらない。

 コロナ禍、大勢が1ヶ所に集まる「密」状態を避けるルールができ、音楽ライブや演劇、お笑いといった興行イベント、プロスポーツ観戦など、人々が集まり直接的に楽しむ「ライブ・エンターテインメント(ライブエンタメ)」の世界は完全にストップした。しかしコロナが収束を見せるにつれ、市場は徐々に回復。海外とのアーティスト、スポーツ選手の行き来も復活し今や完全にコロナ前以上の盛り上がりが見えている。

 ぴあ総研は毎年6月ごろ、「ライブ・エンタテインメント市場動向調査」レポートを発表する。2024年1月〜12月のライブ・エンタテインメント市場規模は、前年比10・9%増の7605億円。コロナ前の19年と比較しても、20・8%伸びたことになる。また、今後も市場規模は拡大し続け、30年には8700億円まで伸びると予測されている。

 ちなみにぴあ総研の「ライブ・エンタテインメント」の定義は、音楽コンサートとステージでのパフォーマンスイベントのチケット推計販売額合計だ。そこへさらに野球、サッカー、バスケットボールをはじめとするあらゆるプロスポーツ、テーマパークや遊園地まで足して概算すると、市場規模の合計は約2兆円に上る。物販や交通、飲食、宿泊などの周辺消費まで含めば、経済への波及効果は大きい。

 その一方で、コロナ禍で一気に成長したオンライン配信など、デジタル技術を活用したコンテンツも引き続き親しまれている。にもかかわらずライブエンタメの活気が増し続けているのは、リアルな場に足を運んで楽しむことに意味を見いだす人がそれだけ多いからだ。

 ぴあ総研は、ライブ・エンタテインメント市場拡大の背景には、「トキ消費」「推し活」など新たな消費行動の定着、大規模会場の新設・高稼働化、チケット単価の上昇など複数の要因が絡み合っていると分析している。「トキ消費」とは、その場でしか味わえない特別な盛り上がりに価値を見いだす消費行動のことだ。Z世代などの若年層を中心に、SNSなどで他人と体験を共有し合うことに疲れた人々が、自ら主体的に体験しにいく意欲を強く持っているのだという。

 また、大規模会場の新設・高稼働化も大きな要素だ。首都圏で音楽ライブなどに使われる屋内会場に絞っても、23年9月には2万人規模の「K-Arena 横浜」、24年4月には5千人規模の「横浜BUNTAI」、24年5月には1万人規模の「LaLa arena TOKYO-BAY」などが続々開場。既存会場のリニューアルも行われる。

 人々の「ライブ」への意欲、熱狂を作り出す会場など、ライブエンタメがさらなる活況を呈するための土壌は整いつつある。他に必要なのは、コンテンツを生み出し、届ける「人」の力だ。

仕掛け人の発想力が他業界をも動かす

 ライブエンタメの舞台裏には、必ず「仕掛け人」がいる。多くの人が動くリアルな現場ゆえに、コンテンツの企画制作から現場の運営に携わる人の数も増える。彼らは単に舞台をつくるだけでなく、観客との双方向のコミュニケーションを重視し、リアルな体験を深化させることで、熱量と共感を生み出している。

 真っ先に挙げられるのはイベントや音楽ライブなどの企画制作・運営を指揮するプロデューサーや、出演者との交渉や集客などを指揮するプロモーター。彼らがライブエンタメの発起人となることが多い。

 かつての日本ではイベントプロモーターのことを「呼び屋」と呼んだ。30ページには、1957年、日本に初めてボリショイバレエを呼んだ呼び屋、神彰についての記事を掲載している。神彰は戦後満州から帰国し、「荒廃した日本を元気付けるのはエンタメしかない」と信じて呼び屋稼業を始めた。そしてドン・コサック合唱団やボリショイサーカス、ボリショイバレエなど、当時の日本人にとってあこがれの的だった世界最高峰の芸術・エンタメを呼び寄せた。

 このほか、66年にビートルズの初来日公演を実現させた呼び屋で、キョードー東京の創設者でもある永島達司も、神彰と同世代だ。今と比べて海外との人の行き来が簡単ではなかった当時、彼ら呼び屋の行動力と交渉力が日本にもたらしたものは大きい。

 今はかつての「呼び屋」のような個人のカリスマプロモーターが奔走する時代ではなくなってきたが、代わりにチームや組織単位で緻密に設計された仕掛けがある。大規模会場の開発と運営、観客動線と収益導線の設計、SNSを活用したファンとのコミュニケーション、地域との連携による街ぐるみのフェスづくり――。関わる人材は業界の枠を超え、マーケティング業界、都市開発業界などの他、地方自治体を巻き込んだプロジェクトも多い。

 次稿にインタビューを掲載するB.LEAGUEの島田慎二チェアマンは、クラブの存在意義は地方創生だと語る。各地に大規模なホームアリーナを建設し、バスケットボールのエンタメ性を向上させるだけでなく、シーズン中、オフシーズン含めて地域に多くの人を呼び込み、災害時には避難所としても機能する「箱」として、地域にとっても価値となる仕組みを打ち出している。

 本特集に登場する「仕掛け人」たちは、観客・イベント参加者などのその場限りの楽しみだけを設計しているわけではない。いかに業界の外にも価値を生み出し、自らの提供するコンテンツを長く残せるか模索するのが仕事だ。その姿勢は必ず他業界にとっても学びとなるはずだ。

 本特集では、そうした経済と感動の両輪を回すキープレーヤーたちの視点を通じて、ライブエンタメの今を読み解き、他業界にも生かせるアイデア設計法を見つける。コンテンツの体験価値が問われる時代に、どのような発想と戦略が必要とされているのか。リアルな現場の声をもとに探る。