経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

店長年収2000万円を打ち出した丸亀製麺の目指す心的資本経営

トリドールホールディングス社長兼CEO 粟田貴也

外食産業の店長の平均年収は500万円といわれている。ところが優秀な店長には年収2000万円を支払うと発表したのが、丸亀製麺を展開するトリドールホールディングスの粟田貴也社長。その真意はどこにあるのか。社員はどう受け止めたのか。粟田社長に聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年1月号より)

粟田貴也 トリドールホールディングスのプロフィール

トリドールホールディングス社長兼CEO 粟田貴也
トリドールホールディングス社長兼CEO 粟田貴也
あわた・たかや 1961年神戸市生まれ。アルバイトで飲食業に魅力を感じ神戸市外国語大学を中退。85年兵庫県加古川市に焼き鳥店「トリドール3番館」を開業。90年有限会社トリドールコーポレーションを設立。95年株式会社トリドール(現トリドールホールディングス)に組織変更。2000年「丸亀製麺」の1号店を出店。06年に上場。現在社長兼CEO。

従業員も客も喜ぶハピカン繁盛サイクル

―― 先日、丸亀製麺では店長に代わる役職「ハピカンキャプテン」の新設、そして「ハピカンキャプテン」の年収を最大2千万円まで引き上げる制度を導入すると発表して大きな反響を巻き起こしました。従来の店長の年収の4倍ほどになります。なぜこの制度を導入しようと考えたのですか。

粟田 今、外食産業は人手不足に悩んでいます。その対応として、ロボットによる配膳を行ったりしています。中にはほとんど人を見かけないお店も出てきました。ところが丸亀製麺の場合はお店での製麺など、徹底して手づくりにこだわっています。このスタイルは絶対に変えたくない。これを維持するには働く人を確保しなければならないという大命題があります。そのためには丸亀製麺で働いて幸せだと思ってもらうしかありません。それでこの制度を導入しました。

 これまでお客さまに喜んでもらうことに全力を尽くしてきました。でもこれからはお客さまとともに働く人にも喜びを提供していくことにも力を注ぎます。働くことに喜びを感じられると自然に笑顔になる。それがお客さまの感動にもつながります。

―― そう考えるきっかけでもありましたか。

粟田 『THE HEART OF BUSIN
ESS(ハート・オブ・ビジネス)―「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』という本を読みました。これはアメリカのベストバイの復活劇を分析したものです。ベストバイはアメリカの家電量販店ですが、アマゾンなどの台頭により赤字に転落していました。そこにユベール・ジョリーという経営者が社員のエンゲージメントを高めることでV字回復させました。この本を読んで、改めて気づいたのは、働く人の心に火をつける、内発的動機を湧き起こすことができればものすごい奇跡が起きるのでは、ということでした。

 トリドールは2025年に創業40年を迎えました。焼き鳥屋から始まり、丸亀製麺を00年に立ち上げた。それが今では約20のブランドを世界に2千店、売り上げも3千億円(トリドールホールディングスの25年3月期連結決算)に迫る規模まで大きくなりました。ここまで成長できたのは手づくりのうどんによる食の感動体験を探求してきたおかげです。そこからさらに成長するためにも働く人の心に火をつけ、エンゲージメントを高めていこうと考えています。

―― トリドール流の人的資本経営ですね。

粟田 人的資本経営はこれまでにも心がけてきました。でもこれからは「心的資本経営」を目指します。これは私の造語ですが、仕事にやりがいを感じることは当然として、仕事を、そして自分が働く店を好きになってもらいたい。その環境を整えることも、今度の制度の目的です。

 これまでにも丸亀製麺の店長の中には、その店で働くスタッフの誕生日にはケーキを用意してバックオフィスでお祝いをしたりする人もいました。これもスタッフに店を好きになってほしいと思っての行動です。仕事以前に店が好き、仲間が好きという環境をつくろうと努力しています。それはわれわれが掲げる「ハピカン繁盛サイクル」を実現するためです。ハピカンとは、働く人のハピネスとお客さまの感動を組み合わせた造語です。スタッフの満足度を高めることでお客さまの満足度が高まる。それが店の繁盛につながる。この好循環をつくろうというものです。

 ところが現実の店長の職務の多くがワークシフト作成や発注作業など、バックオフィス業務に多くの時間を割いているのが現状です。本来、店長は一番仕事ができる人のはずなのにこれはもったいない。そこでこういう業務は副店長以下に振り分けて、店長はスタッフのハピネスを徹底的に追求してもらおうと考えています。

3年間で300人誕生するハピカンキャプテン

―― 最大年収2千万円の候補者は6人ほどだとか。これからどういうプロセスを経て2千万円に到達するのですか。

粟田 今度の制度改革に伴い従来の店長制度に代わり「ハピカンオフィサー制度」を導入しました。ハピカンオフィサーには、スタッフのモチベーションを高め、お客さまに感動体験を提供することを推進することが求められます。丸亀製麺では「ハピカンキャプテン」から始まる4つの階層があって、成果が上がれば階層が上がり、最後は年収2千万円の報酬が得られるようになります。

 年収2千万円が話題になっていますが、むしろハピカンキャプテンをたくさん生み出すことがこの制度の目的です。丸亀製麺では3年間で約300人のハピカンキャプテンが誕生し、いずれは他業態にも広げていく予定です。

 店長がスタッフのエンゲージメントを高めることで辞める人が少なくなることはすでに実証されています。スタッフが辞めなければ、採用費や教育費がかかりません。なおかつスキルがたまるので、お客さまに感動を届けられる。それが売り上げにつながり、利益が上がる。これだけの効果があります。これをシステム化したのが今度の制度です。

―― やる気のある店長にとっては励みになりますね。

粟田 年収2千万円というのは経営層レベルです。丸亀製麺の場合、役員や執行役員のほとんどが店舗勤務を経験しています。そこからマネージャーからチーフマネージャーになるなどして、現場からは離れていきます。でも中には店が大好きで、お客さまと接することが大好きな人もいます。このような人に報酬面も含め自己実現できる制度があってもいいじゃないかと。そういう人が店にいることが、店にとってもステータスと誇りになります。その店長を見て、いつか自分もそうなりたいと後進が育っていく。そうなることを期待しています。

―― 店長のモチベーションは上がるでしょうが、パートやアルバイトのスタッフは、そのお金があるなら自分たちの時給を上げてくれ、と思ったりしませんか。

粟田 丸亀製麺の店長はパートさんから社員になり、店長になるというルートもあります。パートさんの社員化も積極的に進めているので、この制度は大きな励みになっています。

 一方、パートさんの中には、いわゆる所得の壁の問題や子育てのために働く時間が限られる人もいることは承知しています。さらに子どもの9人に1人が貧困状態にあるという厳しい現実もあります。そこでわれわれは子育て支援の一環として「家族食堂制度」をつくりました。これはトリドールグループの店舗で働く従業員の家族(15歳以下の子ども)を対象に、所属するブランドの全国のお店で、いつでも無償で食事を楽しめる機会を提供するものです。これがハピカンと並ぶ心的資本経営のもう一つの柱です。無償で食べられるというだけでなく、お父さん、お母さんが働く姿を見ることができる。それがスタッフとその家族の一体感につながるのではと考えています。25年12月から丸亀製麺や「天ぷら定食まきの」などでスタートしますが、他業態にも広げていきたいと思います。

 バックヤード改革にも取り組んでいます。外食産業のバックヤードはお金を稼ぐところではないので、これまではスペースも小さく、スタッフがくつろげるような場所ではありませんでした。そこを変えていきたい。過剰な投資をするわけではないですが、せめて空き時間にご飯をゆったりと食べられるようにするためにバックヤードで快適に過ごせるような設計も進めています。それによって働く人が少しでも幸せを感じることができるのであれば、どんどんやっていくべきではないか。それが企業の持続的成長と発展につながります。

AI時代だからこそ必要な心の役割

―― ハピカンキャプテンの世間的な評価は必ずしも好意的なものだけではありません。その分仕事がきつくなる。外食産業で一時期問題視されたブラック店長を増やすだけではないかとの指摘もあります。

粟田 私たちの取り組みはそれとは違います。ただ、誤解されることもあると思います。それだけわれわれが過去に例のないことにチャレンジしている証拠だと思っています。心的資本経営が本当に理解されるまでには多少の時間が必要だとも考えています。批判をしようと思えば、心的資本経営で売り上げは上がるのか、とも言えるわけですから。私としては確信を持って進めていますが、今はまだ結果が出ていないので、いろんな言い方はできるでしょう。でも私は本気で心的資本経営に取り組んでいこうと考えています。

―― なぜそこまで心的資本経営にこだわるのですか。

粟田 AIが急速に普及しています。株式市場を見てもAI関連企業が平均株価を押し上げています。AIはこれからもどんどん進化していきます。それによって今まで人がやってきたことの多くがAIに置き換えられてしまう。ではその時に人に何が残るのかと言えば、心です。AIは知能に置き換わることはできても心を置き換えることはできない。だからこそ、そこにこだわりたい。仕事に、職場に、喜びをもって働いてほしい。AIの時代にはアンチテーゼかもしれませんが、敢えてそこにチャレンジしていきたいと思います。

―― トリドールは資本力があるからこのような施策が打ち出せますが、他の外食企業は悲鳴を上げています。

粟田 人の存在とは何か、声を大にして言いたいと思います。人の価値というのはものすごく高いと考えています。その対価として2千万円が果たして高いのか。私はけっして高くないと考えています。